「お兄ちゃん……」
「……だから、いつかこんな家庭を作りたいなって」
いつもなら完璧な笑顔を見せるはずの颯が、少しだけ寂しそうに笑った。
胸がちくっと痛む。
——温かい家庭。
きっと、それは私じゃない。
私より綺麗でもっと大人な……別の誰か。
彼にとって私は、ただの「妹」で、
いつか颯の隣は譲らないといけない。
(そんな日が来るのかな……)
膝の上で、スマホを握る手に自然と力が入る。
「できるよ、颯なら」
「え?」
「……あったかい家庭、できるよ」
溶けていくキャンドルの火が、
視線の先で必死に揺らいでいた。
空気が、静かになったその時。
「——なぁ、美桜」
ふいに名前を呼ばれ、顔を上げる。
視線が絡んだ瞬間、
その真っ直ぐな瞳が私を深く射抜いた。
「来年も、再来年も……俺の隣で、ケーキを作ってくれるか?」
確認するような、
だけど願いにも聞こえるような問いかけ。
颯の目に、オレンジの光が
消えてしまいそうなほど小さく、揺れていた。
「……うん。約束」
いつか。
彼がその約束を破る時が来ても。
彼に恋人ができて、
私の居場所がなくなってしまっても。
今だけは、その「約束」で、
この孤独なお兄ちゃんを繋ぎ止めていたかった。
(……でも。もし颯に恋人ができても、私はこうして彼の隣でケーキを焼くのかな)
その時、オレンジの光がふっと消え、
視界が真っ暗になる。
暗く静かな部屋の中で、
彼の体温とシトラスの香りが私を包み込んだ。
そして、手の甲に温かく柔らかい何かが触れた。
「……その言葉、絶対に忘れるなよ」
光が消える寸前に見せた微笑みと、
重たく響いた言葉が、
私の脳裏に鮮明に焼きついたまま、
暗闇に溶けていった——
***

