闇深兄の溺愛 〜甘いデザートには、一滴の毒を〜




「いい加減にして!お兄ちゃん、碧くんに言い過ぎだよ!最近ちょっとしつこいし、たまに怖い時あるし……!」



——あ。

と思った時には遅かった。



「しつこい」「怖い」なんて、
一番言ってはいけない言葉を、勢いで颯にぶつけてしまった。

私の言葉を浴びた颯は全ての動きが止まり、
その顔からはサーッと血の気が引いていた。



「美桜……」

「ほっといて……!」



それでも、私は彼を置いてひとりでに歩き出した。


***


それから数時間後。

自分の部屋のベッドで悶々としながら、
スマホのカレンダーを開いた。


カレンダーは、5月22日を指している。


「……」


その瞬間、凍りついた。



——今日は、颯の誕生日だ。



「うそ……最悪だ……」



(一年で一番大切な日に、あんな酷い言葉を……!!)



ベッドから飛び起きた私は慌てて部屋を出ると、
隣の201号室のインターホンを鳴らした。


(……いないのかな)


反応はない。

けれど一応と、ドアノブに手をかけると、
意外にも鍵はかかっておらず、すんなりと扉を開けられた。



「……お兄ちゃん?」



私は恐る恐る足を踏み入れた。
部屋は薄暗く、キッチンの電気だけがついている。



(物音すらしない……)



次の瞬間、足が止まった。



「——えっ」



そこには、「王子様」の影もない、
ひどく打ちひしがれた背中があった。

目の前のフライパンの上には、
真っ黒に焦げて炭のようになった”何か”が転がっている。



「……あ、美桜……ごめん。今日はなんか……うまく作れなくて」



(完全にダメージ受けてる……!!)



いつもなら完璧な料理を作る彼が、
私のたった一言で、

火加減すらわからなくなるほど動揺するなんて。



「ちょっと、これ!流石に焦げすぎだよ!」

「……味もしないんだ。砂を噛んでるみたいで」



精気のない声。前髪も気のせいか元気がなく、
わずかに垂れ下がっている。

私を見るその瞳は、泣き出しそうなほど潤んでいた。



「美桜にしつこいし怖いって言われて、俺……」



颯は、そのままキッチンにへたり込み、
壁の隅っこで膝を抱えて体育座りを始めてしまった。


(お兄ちゃんの誕生日なのに、私……!)


「ご、ごめんって……! 私が悪かったから……ね?」


180センチを超えるその大きな身体が、
今は小さく、脆く見える。

私は彼の隣にしゃがみ込んだ。



「嫌いじゃない? 俺のこと、まだ好き?」



私の顔を見上げるその目には、
切実な祈りが滲んでいる。

胸の奥がきゅっと苦しくなった。


「お兄ちゃんのこと、本当は大好きだよ。ほら、これ片付けて一緒に美味しいもの食べよう……?」


そう言うと、颯の瞳に一気に光が戻り、
腕がそっと私の背中に回される。


彼は私を優しく抱きしめると、
私の首筋に深く顔を埋めた。



「よかった……死ぬかと思った」



そこにあったのは、
碧くんを遠ざけた時のような冷淡な態度ではなく、


私の一言でボロボロになってしまうほど弱い、
お兄ちゃんの姿だった。



(私が支えてあげないと……)



その温かい腕の中で、強くそう思った。


***



……私は。


彼が用意した「依存」という名の甘い蜜に、

自ら手を伸ばしてしまったことに、
まだ気づいていなかった——。



***