(やばい、こける……!)
その時、私の両サイドから腕が伸びた。
「……え?」
倒れそうになった私の身体を、
二つの手が同時に支えていた。
「大丈夫か」
「大丈夫?」
颯の冷静な声と、碧くんの少し焦った声。
二人の声と視線が空中でぶつかり、再び空気がピリつく。
「あ、ありがとう……二人とも」
「ほら、危ないからこっち来い」
颯が碧くんの手を弾くように、私を自分の方へと引き寄せた。
優しい声。だけどしっかりと碧くんの手が届かない場所へ囲い込むように私を置く。
碧くんは一瞬だけ、苦虫を潰したような顔をして、すぐにいつもの笑みに戻った。
「佐伯先輩……あんまり美桜ちゃんを囲い込みすぎると、嫌われちゃいますよ?」
「……ご忠告どうも。でも、俺たちの絆はそんな脆くないから」
大学の子たちは「すごーい」「本当の兄妹みたい」と盛り上がり、
誰もこの二人の間で繰り広げられている争いに、気づいていない。
出来立てのたこ焼きと同じくらい熱いその戦いは、
静かに、けれど最後まで終わることはなかった——
***
「じゃあ、また明日!」
タコパが終わり、玄関でにこやかに手を振る碧くんに手を振り返す。
パタンと扉が閉まった途端、部屋には静寂さが戻った。
リビングへ戻ると、すでに家具は
元の位置に寸分違わず戻され、
テーブルの上も、あの散らかりが嘘のように綺麗になっていた。
まるで、「彼らが来た痕跡を消したかった」とでも言いたいかのように。
「片付け……あ、ありがとう」
「お前の手を汚すわけにはいかないからな」
颯は笑ってそう言うと、本棚の前に立ち、
並んだ本を指でなぞるように滑らせた。
そして——
その中からほんの数ミリだけ
前に出ていた一冊を、迷いなく手に取る。
碧くんから借りた本だった。
「『甘いデザートには、一滴の毒を』か」
颯が本棚に寄りかかり、パラパラとページをめくる。
「……これ、面白い?」
「あ、うん……」
私が答えると、彼は本をゆっくりと閉じた。
「……俺も、後でじっくり読ませてもらおうかな」
わずかにトーンの下がる声。
微笑みながら私の頭を撫でるその手は、
窓から入り込む夜風よりも冷たく、
わずかに重く感じた。
「……誰を部屋に入れてもいい。でも、頼るのは……俺だけでいいんだよ」
——碧くんに借りた本は、豪邸に住む"少女"と"使用人"の物語だ。
そのプロローグにはこう書かれてある。
『一滴の毒は、デザートをより甘く、そして——逃げられないものに変えるのだ』
それは、私がこれから味わう
「幸福」の正体を、
残酷に予言しているようだった——。
***

