日向宅の画家たち

みなさーん!初めまして!春日日向(かすがひゅうが)です!!あ、ちょ、そこの貴方に言ってます画面の前の!
あんまり急なので驚いちゃいましたか?今、僕はこれを読んでる貴方に話しかけています!
あらすじは読んでくれたかな?できる限りわかりやすくまとめたつもりですが、というかほぼあれです。これは金のない僕ら(主に画家たち)が金のために身を削る話です。自業自得だけどな、湯水のように金を消費しやがって。

「ユゴー?何をしているんだ」
ブツブツ言っていた俺の背中に、唐突に誰かが声をかけた。
「へぇッ!?あ、マネさん…いや、別になんも?画面の向こうに語りかけてるだけだよ」
「画面の向こう……??何を言っているんだ、ついにイカれたか?」
このセンター分け両耳ピアス(チンピラみたい)はマネさん。エドゥアール・マネその人。見た目は体が違うから全然違うけど、魂は無自覚煽り魔のまま。今の、ついにイカれた発言について怒ってもどうせ、「ユゴー?何をそんなにカッカしているんだ、落ち着け」だとかなんとか言われて終わる。俺はわかってる。
「ねぇマネさん、今からみんなの部屋を巡回しようと思うんだけど、着いてこない?コメンテーターはいた方がいいでしょ」
本当は今すぐにでも読んでくれてる貴方のためにチャッチャとやりたいけど、現実はそこまで上手く運ばない。誘った方が吉だというのを、俺は知っている。
「ふーん、あいつらの部屋をか…行こうじゃないか、いいインスピレーションが湧くかもしれない」
ということで、俺はマネさんを連れて今さっきいたリビングを離れて一階の部屋を廻ることにした。
この家は上司の神様から必要経費だと言って貸与されたものだが、いやに広い。急に職務をぶん投げられた身としては、部屋が足りないより何倍もいいがでも広い。せめて動く歩道みたいな、空港でしか見ないアレみたいなの付けてくれないかな。この前提案してみたら自分で付けろって言われたけど。それは違いますやん、なぁー。
「おいユゴー、どっちから行くんだ?元気なのと、捻くれた野郎」
ぼんやりと収束せず脳を浮かんでいた独り言は、マネさんの声によってひとつ残らず消されてしまった。そしてこの元気なのと捻くれたの、という提案は言い得て妙で、順にクロード・モネとエドガー・ドガを表したものである。
モネはたぶん快く顔を見せてくれるしなんなら多分部屋に入れてくれる。でも汚い気がする、酒瓶とかゴロゴロしてそうだな、嫌だな。かといってドガが綺麗とかいう訳でもなく多分モネよりも汚い。しかも人が部屋に入るのを嫌がる。マネさんがいるから幾分か対応はましかもしれない。顔見せてくれなさそう。どうなだろう、どっちがいいんだろう。画面の向こう側からしてみたら、急に酒瓶ゴロと捻くれ野郎の二択だと困惑するだろうなぁ。
「・・ルノからにしない?」
第三の選択肢、オーギュスト・ルノワール。全部で18人いる同居人の中ではまともな方だと思っている。というか人当たりが抜群にいい。もういつでも話してくれる。世間一般の目で見たら別にまともではない。というか本人が
「絵なんかやるやつみんなキチガイだよ!ゴッホだけじゃなくて俺もセザンヌもアタオカ!」
と言っている。こんな感じの、本当に愉快な人だ。
マネさんも「あー、ルノワール?いいんじゃないか、そこ二人よりかはすぐ顔出してくれるだろ」と賛成のようだし、一発目はルノワールで行こう。
元々モネの部屋の前に居たのを隣のルノワールの部屋の前にズレる。
「もしもーし!ルノワール?今ちょっとお時間いいですかー!」
コンコン、とルノワールのドアプレートの付いた扉を叩く。数秒の沈黙が訪れ、マネさんと来ないねー、なんて会話をしていたら、ドンッ、ガシャッと何かが割れた音がしたあとルノワールが顔を出した。
「やぁ、ユゴー!どうしたの?そんな改まった言い方をするなんて、らしくないよ」
黒のニット帽から薄橙とピンクのハイブリッドのような髪を覗かせて大型犬のような人懐こい笑みを浮かべてそう言う。それよりも何を割ったのかが気になる。
「ようルノワール、何を割ったんだ?」
マネさんが躊躇なく発した。気になってたけどそんなに間髪入れずに言われるとこっちが困惑する。
「え?あぁ、ぶつかったやつかな。壺じゃない?わかんない。セザンヌのグラジオラスのを再現したのがあったんだけど、今ここから見えないからそれかもね」
「え!?グラジオラスの!?!待って、出来たんなら言ってってば!俺そこに絵通りに花入れたかったのに……!!」
グラジオラス、というのは作品の名前。花の名前だけど、同じ名前の(というか花の名前をそのまま付けた)絵がある。今回言っているグラジオラスは同居人の一人、ポール・セザンヌの描いたものを指している。
「えぇー?言ってなかったっけ…あ、うん、言ってないかも。ごめんね、また作るからさ」
ルノワールはさも簡単そうにそういう。あれ陶器だったじゃん…!!二ヶ月かかってたじゃん……。それをもう一回と言うのもさぁ…!
そう言った旨のことを言っても「別にあんなの手間でもないさ!待ってる時には絵描いてるしさ」とさりげなく拒否された。俺は自分の作品を大切にして欲しいだけなのにな…。
部屋に上がらせてもらうと、やはりモネとドガじゃあこうは行かないような小綺麗な内装が広がっていた。うっすらと花の香りがしている。
「あ、くさい!?ごめん、さっきまで描いてて!!臭わないようにしようと思ったんだけど、待たせるのも申し訳なくて…」
俺とマネさんが鼻を利かせているのを見て、ルノワールは体を縮こまらせて言った。行き場のない指を擦って気まずそうに目を背けている。
「いいやつだなーーおまえー!!臭いとか思ってないよ!!むしろこれくらいが落ち着くよ!!ありがとう!!」
あまりのマトモっぷりに感無量になった俺は思わずルノワールに抱きつく。少し驚いたようだったが、俺がいつもこんな調子なのを思い出したのか頬を緩めて頭を撫でてくれた。
「・・でも、ラナンキュラスとサイネリアを同じ瓶に入れるのはやめた方がいいと思うぞ。匂いがキツい」
またマネさんが余計なことを言う。ルノワールはさも勉強になる、というようにしっかり相槌を打った。
そこかしこに静物と裸婦と幼女が描かれたカンバスのあるルノワールの部屋は、不思議な陽だまりに包まれていた。

「そういえば、ユゴーはどうしたの?何か用?」
ルノワールが本題に戻す。こうやってちゃんと路線修正をしてくれるのも俺がルノワールを信用する所以である。
「今みんなの部屋を巡回してて!なんかやらかしてたらここで修理とかしたいし」
嘘ではない。画面の前にいる人たち、とか言ってもハテナを浮かべられるのは明白である。それにマネさんに向けられた目をルノからも向けられるのは俺のメンタルが持たない。本当にあの目怖いんだから、全人類あんな目しなくなればいいのに。
「そう、今誰のところに行ったの?もしかして俺がいちばん?」
ルノがあざとい顔をし、自分に指をさして言う。すぐに恥ずかしくなったのか、血色のいい肌をより紅くした。
「そのもしかして、だ。ユゴー曰くモネとドガの二択は過酷なんだと」
マネさんが俺が言うよりも先に言ってくれる。
俺曰く、というか誰から見てもそこ二人は過酷だろ。浪費癖ヤバめわがままサイコと当たり強め(性格も性癖も)捻くれ野郎だぞ。初見の人腰抜かしちゃうだろ。
「確かに、とか思ったけどモネそんなにひどいかなー?俺ならモネ一択だな」
「そりゃルノは164年前から親交あるから…初対面だったら大して変わんないんだなこれが」
「えっ、うそ!ドガとモネが一緒?うわうわ、二人には聞かれちゃいけないな」
そうなんだよな、なんなら塩対応のドガの方が初めましての人にたかるモネよりもマシとも言える。さすがに本人の前で言うことはしないけれど。お互いに嫌い合っている二人にとって、他者から思われていることが同じだなんて屈辱でしかないだろう。
「俺が言ってやろうか?どっちに先に言ったら怒るかな、やっぱりドガか?」
「まっ、待ってマネさん。落ち着いて。なんで?え?急すぎるだろ、なに?」
「どちらかと言うとお前が落ち着け。じゃあユゴー、次の奴のところに行こう」
「本当に何がしたいの……ごめんねルノワール、唐突に押し入ったのに歓待してくれてありがとう!」
次に入れそうなマトモな部屋が一階になかった────素でおかしいやつだったり部屋から作業音が聞こえて邪魔できそうになかったりだった────ので二階に上がることにした。