契約満了の日は、皮肉なくらいよく晴れていた。
雨で始まった嘘が、こんな青空で終わるなんて、神様はたぶん、演出が上手すぎる。
本来なら、怜央の記憶が戻った時点で終わるはずの契約だった。
けれど沙羅との件、事故の後始末、私の転居と仕事の準備。いくつかの出来事が重なって、結局、当初の満了日まで久遠家に置いてもらうことになった。
その、当初の満了日が、今日だ。
ベッドの上に開いたスーツケースは、屋敷へ来た日の朝と同じくらい、あっさり埋まった。
借りていた服は昨夜のうちに返した。クローゼットに残っているのは、もともと私が持っていた数着の服と、使い込んだノートパソコン、角の丸くなったメモ帳、古い財布、読み返しすぎて少し柔らかくなった取材ノートくらいだ。
三か月分の生活があったはずなのに、持ち出せる物は驚くほど少ない。
増えたのは、荷物じゃない。
ここで過ごした時間のほうだった。
窓際の小さなテーブル。
怜央が「座って」と当然みたいに椅子を引いたダイニング。
夜が怖いと言って、手を握ったまま眠った部屋。
庭の古い木。
朝、寝癖を指先で直された廊下。
どこを見ても、思い出だけが先に立つ。
私はシャツをたたむ手を止めて、鏡の前に立った。
左手の薬指に、細いプラチナの輪が光っている。
お願いの印。
整合性のための印。
契約の印。
そういう理屈だと知っている。
知っているのに、外すことを考えただけで喉が詰まった。
親指でそっと押し上げる。
少しだけ引っかかる。
三か月にも満たないくせに、指輪は私の指に馴染みすぎていた。
ようやく外れた輪を、夫人から渡された黒いケースに戻す。
金具を閉じた小さな音が、やけに大きく響いた。
薬指には、薄く白い跡が残った。
そこだけ裸になって、みっともないくらい心細い。
「……終わり、か」
ノックが二回。
返事をすると、夫人付きの使用人さんが「奥様、会長がお待ちです」とだけ告げた。
奥様という呼び方も、今日で最後だ。
雨で始まった嘘が、こんな青空で終わるなんて、神様はたぶん、演出が上手すぎる。
本来なら、怜央の記憶が戻った時点で終わるはずの契約だった。
けれど沙羅との件、事故の後始末、私の転居と仕事の準備。いくつかの出来事が重なって、結局、当初の満了日まで久遠家に置いてもらうことになった。
その、当初の満了日が、今日だ。
ベッドの上に開いたスーツケースは、屋敷へ来た日の朝と同じくらい、あっさり埋まった。
借りていた服は昨夜のうちに返した。クローゼットに残っているのは、もともと私が持っていた数着の服と、使い込んだノートパソコン、角の丸くなったメモ帳、古い財布、読み返しすぎて少し柔らかくなった取材ノートくらいだ。
三か月分の生活があったはずなのに、持ち出せる物は驚くほど少ない。
増えたのは、荷物じゃない。
ここで過ごした時間のほうだった。
窓際の小さなテーブル。
怜央が「座って」と当然みたいに椅子を引いたダイニング。
夜が怖いと言って、手を握ったまま眠った部屋。
庭の古い木。
朝、寝癖を指先で直された廊下。
どこを見ても、思い出だけが先に立つ。
私はシャツをたたむ手を止めて、鏡の前に立った。
左手の薬指に、細いプラチナの輪が光っている。
お願いの印。
整合性のための印。
契約の印。
そういう理屈だと知っている。
知っているのに、外すことを考えただけで喉が詰まった。
親指でそっと押し上げる。
少しだけ引っかかる。
三か月にも満たないくせに、指輪は私の指に馴染みすぎていた。
ようやく外れた輪を、夫人から渡された黒いケースに戻す。
金具を閉じた小さな音が、やけに大きく響いた。
薬指には、薄く白い跡が残った。
そこだけ裸になって、みっともないくらい心細い。
「……終わり、か」
ノックが二回。
返事をすると、夫人付きの使用人さんが「奥様、会長がお待ちです」とだけ告げた。
奥様という呼び方も、今日で最後だ。



