小書斎の机の上には、事故現場の地図、写真、時刻表みたいに細かいメモ、車の整備記録らしい書類まで並んでいた。おまけに端には付箋だらけの文庫本が積まれている。表紙を見なくてもわかる。たぶんまた恋愛小説だ。
「事故、調べてるんですか」
「ええ。事故当夜の再聴取をします。元記者としての観察眼に期待しています」
「警察みたいなこと言いますね」
「警察より話が早い自負があります」
たしかに否定はしづらかった。
私は椅子に座り、事故の夜を思い出しながら、一つずつ話した。雨の強さ。焦げた匂い。フロントの潰れ方。怜央の声。救急隊が来るまでの時間。途中で何度か言葉に詰まったけれど、御堂は急かさなかった。無駄な相槌も慰めもない。ただ必要なところだけ、短く確認していく。
「交差点の角に、何か停まっていませんでしたか」
「何か……」
目を閉じる。雨に濡れたアスファルトの黒さを、もう一度頭の中へ置く。
「……あ」
「ありましたか」
「クリーニング店の集配車です。白いワンボックス。青いペンギンのマークが付いてた。変に覚えてるのは、水たまりに反射してたから」
御堂の指が、地図の角をとんとんと叩いた。
「店名、わかります?」
「たしか『ホワイト・リバー』。事故現場の斜め向かいです」
「十分です」
彼はすぐに誰かへ短い連絡を入れた。
「……早っ」
思わず漏らすと、御堂はタブレットから顔を上げずに言った。
「恋愛経験は皆無ですが、裏取りは得意です」
「そこ、比較対象おかしくないですか」
「最近の私の弱点が、その領域に集中しているので」
真顔で言われると、余計面白い。
「現時点で確定しているのは三点です。ブレーキ系統の不自然な圧抜け。ドライブレコーダーの欠落。怜央様の外出先が不明であること」
「外出先……」
「事故の夜、怜央様は誰かと会う予定でした。まだご本人の記憶は戻っていませんが、こちらで追っています」
そこで小書斎の扉が開いた。
振り向かなくても、空気でわかる。
怜央だった。
濃い色のスーツ姿。白衣じゃないのに、病院の廊下で見たときと同じくらい近寄りがたい顔をしている。視線が机の上の資料を滑り、それから私で止まった。
「……何をしてる」
問われたのは御堂だったのに、心臓は私のほうが痛くなる。
「事故調査です」
「桐生さんを巻き込むな」
低い声。まっすぐすぎる拒絶。
私は反射で背筋を伸ばした。
「巻き込まれてるんじゃありません。私も――」
「あなたは十分協力した」
被せるように、怜央が言った。
「これ以上は必要ありません。もうこの件から外れてください」
丁寧なのに、冷たい。余白がひとつもない言い方だった。
「怜央様」
御堂が、珍しく少しだけ低い声を出した。
「情報を持っている当事者を排除するのは非効率です」
「効率で人を危険に近づけるな」
二人の視線がぶつかる。私は息を詰めたまま、それを見ているしかなかった。
数秒の沈黙のあと、怜央は私を見た。
「……昼からオペだ。病院に行ってくる」
それだけ言って、彼は出ていった。
扉が閉まる音が、やけに大きかった。
私はしばらく息を吐けなかった。そんな私を見て、御堂が淡々と言う。
「重症ですね」
「誰がですか」
「……秘密です」
やっぱり意地悪だこの人、と改めて思った。
「事故、調べてるんですか」
「ええ。事故当夜の再聴取をします。元記者としての観察眼に期待しています」
「警察みたいなこと言いますね」
「警察より話が早い自負があります」
たしかに否定はしづらかった。
私は椅子に座り、事故の夜を思い出しながら、一つずつ話した。雨の強さ。焦げた匂い。フロントの潰れ方。怜央の声。救急隊が来るまでの時間。途中で何度か言葉に詰まったけれど、御堂は急かさなかった。無駄な相槌も慰めもない。ただ必要なところだけ、短く確認していく。
「交差点の角に、何か停まっていませんでしたか」
「何か……」
目を閉じる。雨に濡れたアスファルトの黒さを、もう一度頭の中へ置く。
「……あ」
「ありましたか」
「クリーニング店の集配車です。白いワンボックス。青いペンギンのマークが付いてた。変に覚えてるのは、水たまりに反射してたから」
御堂の指が、地図の角をとんとんと叩いた。
「店名、わかります?」
「たしか『ホワイト・リバー』。事故現場の斜め向かいです」
「十分です」
彼はすぐに誰かへ短い連絡を入れた。
「……早っ」
思わず漏らすと、御堂はタブレットから顔を上げずに言った。
「恋愛経験は皆無ですが、裏取りは得意です」
「そこ、比較対象おかしくないですか」
「最近の私の弱点が、その領域に集中しているので」
真顔で言われると、余計面白い。
「現時点で確定しているのは三点です。ブレーキ系統の不自然な圧抜け。ドライブレコーダーの欠落。怜央様の外出先が不明であること」
「外出先……」
「事故の夜、怜央様は誰かと会う予定でした。まだご本人の記憶は戻っていませんが、こちらで追っています」
そこで小書斎の扉が開いた。
振り向かなくても、空気でわかる。
怜央だった。
濃い色のスーツ姿。白衣じゃないのに、病院の廊下で見たときと同じくらい近寄りがたい顔をしている。視線が机の上の資料を滑り、それから私で止まった。
「……何をしてる」
問われたのは御堂だったのに、心臓は私のほうが痛くなる。
「事故調査です」
「桐生さんを巻き込むな」
低い声。まっすぐすぎる拒絶。
私は反射で背筋を伸ばした。
「巻き込まれてるんじゃありません。私も――」
「あなたは十分協力した」
被せるように、怜央が言った。
「これ以上は必要ありません。もうこの件から外れてください」
丁寧なのに、冷たい。余白がひとつもない言い方だった。
「怜央様」
御堂が、珍しく少しだけ低い声を出した。
「情報を持っている当事者を排除するのは非効率です」
「効率で人を危険に近づけるな」
二人の視線がぶつかる。私は息を詰めたまま、それを見ているしかなかった。
数秒の沈黙のあと、怜央は私を見た。
「……昼からオペだ。病院に行ってくる」
それだけ言って、彼は出ていった。
扉が閉まる音が、やけに大きかった。
私はしばらく息を吐けなかった。そんな私を見て、御堂が淡々と言う。
「重症ですね」
「誰がですか」
「……秘密です」
やっぱり意地悪だこの人、と改めて思った。



