【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

三日後、怜央は退院した。

使用人さんたちはこれまでどおり「奥様」と呼んだし、夫人も私の手を握って「無理しないで」と言ってくれた。
でも当の本人だけが、ひどく静かだった。

玄関ホールで鉢合わせたときも、怜央は一歩分きれいに脇へ避けた。

「おはようございます、桐生さん」

「……おはようございます」

私もつられて敬語になる。

「体調は」

「大丈夫です」

「そうですか」

そこで会話は終わる。
終わらせるための会話みたいだった。

私の横を通り過ぎるとき、袖が触れそうで触れない。
あれほど自然に触れてきた人なのに、今はミリ単位できっちり避ける。

たぶん、わざとだ。

それがわかるから、余計に苦しい。