【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

《怜央視点》

最初は、契約。

たったそれだけの言葉が、耳からではなく頭の中へ直接打ち込まれる。

契約。
妻の役。
婚約者。

単語だけがばらばらに刺さって、うまく意味にならない。
なのに、体だけが先に拒絶した。

違う。
違ってほしい。

今までの日々。
あれが全部、契約のためだった?

その問いと同時に、断片が火花みたいに頭の中で弾けている。
病院の白。雨の音。サイレン。金属が潰れる音。
そして――香水。沙羅の匂い。

違う。

胸の奥から込み上げる否定は、その婚約に向けたものなのか、梨音との時間を契約だと言われたことへのものなのか、自分でもわからない。

ただ、最後に欲しいのは一つだけだった。

梨音の「違う」という声。
それだけでよかった。

けれど聞こえたのは、『最初は、契約でした』。

その続きを、脳が受け取る前に、視界が白く弾けた。