【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

「はじめまして、と申し上げるべきかしら。沙羅です」

「沙羅さん、今は怜央の状態が——」

夫人が止めようとする。
けれど沙羅は、怒鳴るどころか声をさらにやわらかくした。

「承知しています、お義母様。だから責めているわけではありませんの。怒鳴るつもりもありません。そんなことをしたら、怜央さんのお身体に障るでしょう?」

その言い方が、余計に怖い。
やさしい声音なのに、一言ごとに細い針が皮膚の下へ入ってくるみたいだった。

「事故に遭われたと知ったのは二日前です」

沙羅はゆるく息を吐く。

「あんまりですわ。この私に、連絡がないなんて」

そして、初めて沙羅の視線が私へ向く。

まっすぐで、礼儀正しい目だった。
でもその礼儀正しさが、余計に怖い。

「失礼。もしかして、こちらの方が梨音さん?」

夫人が息を飲む。空気が張り詰める。
私は口を開こうとして、声が出なかった。

なんで、私のことを知っているの?