【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

朝の庭は、夜に見るのとまるで違う。
芝生にはまだ薄く露が残っていて、噴水の音がやわらかい。
手入れの行き届いた植え込みの向こうに、古い木が一本だけ大きく枝を広げていた。

「この木、覚えてるんですか?」

「ああ。子どもの頃、よく登って怒られた」

「思ったより、わんぱくな子供時代ですね」

「父に見つかる前に飛び降りて、膝を擦りむいたことまで思い出した」

厳格そうなお父様に追いかけられる少年時代の怜央を想像してしまって、少し可笑しい。

「笑った」

「だって、今のあなたからは想像しにくくて」

「今だって、必要なら登れる」

「やめてください。久遠グループの株価に響きます」

怜央が本気で検討する顔をしたので、慌てて止めた。
この人、ときどき冗談の境界が危うい。

梨音は、思わず肩をすくめた。