【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

少し歩いたところで、怜央がふっと息を吐いた。
次の瞬間、わずかに足元が揺らぐ。

「怜央さん!」

慌てて支えると、彼の体重が一瞬だけ私にもたれた。
入院着越しでもわかる。さっきまで平然としていたくせに、傷口に響いたのだろう。

「……悪い。気づいたら、体が勝手に動いてしまっていた」

「悪いじゃありません。患者が無茶しないでください」

言い返すと、怜央さんはほんの少しだけ目を細めた。

「怒ってるのか」

「当たり前です」

「でも、間に合った」

子どもみたいにそう言うから、これ以上怒れない。

「……あなたは、すごい人ですね」

今さらすぎる一言に、怜央は少し笑った。

「記憶をなくしても、医師としての知識や経験は消えていなかったようだ」

誰かを助けた直後の顔は、取材のときと同じくらい鋭かったのに、今は私にだけ向ける優しい顔に戻っていた。