【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

屋敷の東棟二階に、私の部屋が用意された。
私の部屋というには広すぎるし、クローゼットにはいつの間に選ばれたのかわからない服まで並んでいる。昨日まで豆腐の残量で晩ごはんを決めていた人間に、急にウォークインクローゼットを与えないでほしい。情緒が追いつかない。

「基本的にはここをお使いください」

御堂が淡々と説明する。

「隣が怜央様の寝室です」

「……退院後、怜央さんと一緒の寝室を使う可能性ってありますか?」

「夫婦ならあり得るのではないかと?」

「できれば、一人がいいのですが……」

「その辺りの運用は、私に相談されても困りますので、夫婦間で決めてください」

私が思わずじっと見ると、御堂は不審そうに眉を寄せた。

「何ですか」

「もしかして、恋愛のご経験はない……?」

「業務に支障はありません」

「そういう問題じゃない気がします」

すると、彼はわずかに視線を逸らし、咳払いを一つした。
勝った。何にかはわからないけど、たぶん少し勝った!

「本日中に借入先への返済調整は始まります」

御堂はすぐにいつもの仕事顔へ戻る。

「院内と家の使用人には、あなたを奥様として扱うよう号令を出しています」

「……軍隊ですか?」

「怜央様の前で迷いが出ると、本人が不安定になる可能性がある。そこはご理解ください」

「……はい」

「怜央様は、本日午後には一般病棟の特別室へ移ります。面会は短時間なら可能です」

言われた途端、左手の指輪がじんわり熱を持った気がした。
契約書に判を押したときより、いまのほうがずっと現実味がある。