【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

しばらくして警察の人に簡単な事情を話し、また待合に戻る。
夜はとっくに更けているのに、病院の中だけは時間が止まらない。

やがてオペ室のランプが消えた。

立ち上がった拍子に、膝が少し笑う。
医師からの説明を聞き終わり、待合に戻ってきていた会長夫妻は手を取り合いながら、オペ室の扉の前に移動する。
御堂も無言で前へ出ていた。

出てきたのは外科の医師だった。
マスクを外した顔には疲労が滲んでいたけれど、第一声で私はようやく息を吸えた。

「手術は成功しました。脾臓近くの血管損傷からの出血を止めています。命に別状はありません」

その言葉が落ちた瞬間、空気がほどける音がした気がした。

「……よかった……!」

夫人は小さく声を漏らし、両手で口元を押さえた。
久遠ホールディングスの会長である怜央のお父様は肩を落とさずに、ただ一度だけ目を閉じる。

そして、医師は続けた。

「ただ、外傷の影響もあり、今夜は集中治療室で経過を見ます。今は眠っていますが、覚醒する可能性があります。面会は短時間で」

「会えますか?」

夫人が縋るように言う。

「はい。こちらへ」

家族が動く。

……私、帰らないと。

そう思ったのに、足が勝手についていく。
誰も「帰ってください」と言わない。
そして、私も「帰ります」と言えない。