【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

会長夫妻が医師から現状を聞くため、応接室に移動すると、久遠会長夫妻の後ろを歩いていた男性が挨拶をしてきた。

「私は、御堂です。久遠グループで秘書をしています」

低く平坦な声。
丁寧なのに、なぜか少しもやわらかくない。

御堂は私の濡れた服装を一瞥し、受付へ二言三言告げた。
それだけで、すぐに替えの簡易服と温かいお茶が運ばれてくる。

有能すぎて逆に怖い。

「まず温まってください。低体温で倒れられると、助けられた側としても寝覚めが悪い」

優しいのか嫌味なのか、判定が難しい。

紙コップを受け取ると、ようやく指先がじんわりほどけた。
御堂は椅子に座るでもなく立ったまま、無駄なく質問を重ねる。

事故の場所、衝突の状況、怜央の意識レベル、会話の内容。
私は思い出せる限りを答えた。

「元記者です、って言ったら、最悪だなって」

「通常運転ですね」

「通常なんですか……」

「ええ。性格は終わっていますが、腕は一流です」

言い切った。
秘書が言う台詞じゃない。

思わず吹き出しそうになると、御堂は眼鏡を押し上げた。

「それで」

「はい」

「怜央様があなたの手をつかんで離さなかった、というのは事実ですか」

お茶を吹きかけた。

「じ、事実ですけど」

「……重症ですね」

「え?」

「外傷とは別の意味で。怜央様が女性を引き留めるのはかなり異常です」

真顔だった。
冗談なのか本気なのかわからない。
わからないけれど、少しだけ張りつめていた空気が緩んだ。

「怜央様、女性と必要以上に親しくするお方ではありませんので」

「はあ」

「むしろ距離を取るほうです」

「それは、なんとなくわかります」

「ですよね」

御堂はそこで初めて、ほんの少しだけ口元をゆるめた。
たぶん、これがこの人なりの冗談なのだろう。