【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

結婚して三か月。
病院と編集部のちょうど真ん中にあるマンションの朝は、いつも私より怜央のほうが早い。

取材当日の朝も、私が髪を結びながらリビングへ行くと、怜央はもうスーツ姿で、キッチンカウンターに二つ分の朝食を並べていた。
白シャツの袖を一度だけまくったまま味噌汁をよそう姿は、名医というより、妙に手際のいい夫だ。

「今日、巻頭取材なんだろ」

「情報が早い!」

「御堂から聞いた」

「あの人、何でも知っているのね……」

席に着く前に、怜央が私の前へ小さな保温ボトルを置く。
次に、おにぎり二つ。
さらにゼリー飲料まで。

「……遠足ですか?」

「昼食と補給食。あと水分。緊張すると君は食べない」

「把握が細かい」

「夫の仕事だ」

さらっと言われて、私は箸を持つ手を少しだけ止めた。
病院では氷みたいな顔をしているくせに、家では本当にこういうことを言う。

「今日の取材対象、あなたなんですけど」

「知ってる」

「やりにくいです」

「公の俺はいつもどおりにする」

「じゃあ、二人きりのときは?」

味噌汁の湯気の向こうで、怜央が少しだけ目を細めた。

「夫に戻る」

朝から心臓が忙しい。
しかもその直後、テーブル越しに伸びた指先が、私の頬に落ちた髪を耳へかける。

「それと、ヒールは低いほうにしろ。昨日の靴擦れ、まだ少し赤かった」

「……どうしてそういうのまで覚えてるんですか」

「覚えてるんじゃない。見てる」

本当にずるい。
私は観念して、おにぎりのひとつに手を伸ばした。