【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

ふっと唇が離れた瞬間。

「……盛り上がっているところ、大変恐縮ですが」

聞き慣れた平坦な声に、私は飛び上がりそうになった。

振り向くと、いつの間に戻ってきたのか、数歩後ろに御堂が立っている。
耳が、ほんの少しだけ赤い。

「御堂さん……!」

「当事者以外は下がるべきだと学びましたが、事務処理の最適タイミングは今だと判断しました」

そう言って差し出されたのは、白い封筒だった。

怜央が眉を寄せる。

「何だそれは」

「婚姻届です。本物です」

私は固まった。
怜央も一瞬だけ言葉を失う。

御堂は少しも動じない。

「会長が『勢いが大事だ』と。なお、書き損じを想定して三通あります。恋愛経験はありませんが、事務処理能力には自信があります」

玄関の奥で、夫人の小さな歓声と、会長の咳払いが聞こえた。
どうやら全員、完全には下がっていなかったらしい。

私は泣き笑いのまま封筒を見つめた。
ついさっきまで、ここは別れの扉だったのに。

怜央が私の手を握ったまま、その封筒を受け取る。

「……じゃあ、次はこれだな」

ついさっきまで別れの扉だった場所で、本物の未来が、息つく間もなく私たちを追いかけてきた。