【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

「君は俺の妻だろう?」

目を覚ましたあなたが、まっすぐ私を見つめてそんなことを言った、その瞬間——頭の中で何かが、きれいな音を立てて崩れた。

……いや、ちょっと待ってほしい。いつ、私が結婚したっていうの!?

私はただ、あなたの視線に射抜かれたまま、固まることしかできなかった。

「……え?」

自分でも驚くくらい、情けない声が出る。
だって、ついさっきまで私は、通りすがりに事故にあったあなたを助けただけの、ただの一般人だったはずだ。

それなのに。

あなたはまるで、それが当たり前だと言わんばかりの顔で、もう一度私を見る。

心臓が、どくんと跳ねた。

「……違います。私は……」

妻じゃない。
そう言おうとした言葉は、なぜか喉の奥でつかえて、うまく出てこなかった。

この先に待っているのが、甘くてとろけるような毎日なのか。
それとも、あと戻りできない嘘の始まりなのか。
そのときの私は、まだ何も知らない。

ただ、ひとつだけ確かなことがあった。

あのとき、あなたに告げられたたった一言が、私の世界をあっけないほど簡単に、全部書き換えてしまったということ。

「君は俺の妻だろう?」

——すべては、そのひと言から始まった。