天然で眼鏡な彼は、まだ恋を知らない

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 お昼休みには田中さんがシステム部にまで足を運んできた。

「システム部まで来ちゃいました。良かったら一緒にどうですか?」

 朝の通勤を断ったことで少しはわかってもらえたのかと思ったが、それは間違いだったようだ。彼女は意外としぶとい。

「昼は一人でゆっくり過ごしたいので」
「でも、お弁当を作ってきたんです……。良かったら一口だけでも……」

 いりません、その一言を出そうと口を開きかけた瞬間――隣から佐々木が騒ぎ出す。

「ええっ! 手作りのお弁当ですか! 相原さん、良かったですねー!」

 にこにこと嬉しそうに笑いながら囃し立ててくる佐々木を見て、心の中で何度も拳を振り下ろしたがもちろん耐えた。ここは職場だ。我慢しろ、僕。

 そんな僕たち3人の表情から何かを察したであろう小野が、助け舟を出してくれた。

「あー、田中さんすみません。今日は俺と約束があったんですよ」

 そんな約束はしていないが?と言おうとした途端、肩に手を回され、目で『乗れ』と命じられる。小野の目は冗談ではなかった。本能で流れに乗った方がいいと察知した僕は慌てて頷く。

「あ、ああ。そうだったな。今日は二人で昼食をとる話になっていたな」

 その言葉に満足そうに頷く小野。

 そしてその横で

「えー、別に今日じゃなくてもいいじゃないですか。せっかく彼女さんが作ってきてくれたんだし」

 と佐々木。穏やかに過ごしたかったらこれ以上余計なことを言うな。
 佐々木の発言は無視して、田中さんに向き合う。

「そういうわけなんで、一緒には過ごせません」

 きっぱり断ると、少し悲しそうな顔で笑いながら彼女は理解を示してくれた。

「……そうですか。じゃあ、明日こそお願いしますね」

 明日も無理ですと言う間もなく、彼女はシステム部から出て行った。その後、部内がざわついたのは言うまでもない。


 ***


 午後の業務も周りの視線を感じて落ち着かなかったが、なんとか終わらせた。これ以上厄介ごとに巻き込まれないうちにとっとと帰ろうと、帰り支度を慌てて済ませて出て行く。

 後から小野が追いかけてきた。並んでエレベーターに乗り込み、誰も乗っていないことを確認してから口を開く。

「昼の時にも言ったけど、昨日はすまなかったな」

 せっかく二人で店に入ったのに、僕だけ先に帰ってしまった。そのことを改めて詫びると、小野は軽く首を振った。

「いや、雨が降ってたみたいだけど濡れなかったか?」
「ああ、僕が店を出たときにはすでに止んだ後だったから大丈夫だ」

 そうか、と呟くと無言になる。いつもなら何かと話しかけてくるのにと考え、もしかして昨日榊から何かを聞いたのかもしれないと察した。

「気を遣わせてすまない」

 謝罪すると、小野は驚いたような顔でこちらを見てくる。その一言で言いたいことを理解してくれたのだろう。ニッと笑って「気にすんな」と言ってくれた。


 ***


 翌朝。いつもの時間に駅に着くと、そのタイミングで桐島さんから連絡が入った。

『すみません、今日も乗れません』

 余程具合が悪いのだろう。彼女にしては珍しく、一言のみだった。心配になるが、会えない僕にできることはない。

『わかりました。お大事に』

 長文だと気を遣わせるかもしれない。簡潔に返事を返す。

 一人で乗り、駅に着く。改札を抜けるタイミングで声をかけられた。

「おはようございます」

 振り返らなくても、もう分かる。昨日に続いて、また田中さんだ。

「……おはようございます」

 無視をするのは社会人にあるまじき行為だ。苦々しい気持ちで挨拶を返す。
 昨日同様、当たり前のように隣に並び次々と話しかけてくるが、僕は「はい」「いえ」とだけ返し、それ以上は広げなかった。


 昼休み。また昨日のように突撃されては堪らない。

「小野、ちょっといいか」

 先手を打って小野に声をかける。こちらの意図を察してくれたのだろう、小野が「昼、行くか」と言ってくれた。

 事務室を出ようとしたタイミングで、ちょうど田中さんと出会った。手にはまた、お弁当らしき包みを持っている。小野と連れ立っているのを見て、すぐに察したのだろう。

「お出かけですか?」
「ええ」
「そうですか……」

 残念そうにうつむく田中さんを見て、周囲がひそひそと囁き始めたが、気にせずその場を後にした。