目を開くと、そこは見覚えのない天井だった。周りを見ると、どうやらベッドに寝かされてるらしい。
ここはどこだろうかと思ったタイミングで、扉をノックする音が聞こえた。
「はい……」
返事をした途端、白衣を着た女性が顔を出した。
「あら、気がついた? 気分はどう?」
聞かれて体を起こそうとすると「無理はダメよ。まだ寝てなさい」と優しく諭された。
「あの、ここは……」
「ここは会社のヘルスケアルームよ。あなた、会社の前で貧血起こして倒れたの。ダメよー、病み上がりの体で走ってきたりなんかしちゃ」
そういえば社内に、体調不良の人が休めるためのヘルスケアルームがあると、新人研修のときに案内されたことを思い出す。使用したことがないから、そんな場所があることすらも忘れていた。
渡された体温計で熱を測り、取り出して先生に渡す。
「うん、熱はないわね。でも無理はしないこと。あなたの上司からは、起きたら今日は帰るようにって伝言を預かってるわ」
カバンはそこよと言って、ベッドの下を指さされる。
休日含めて5日間も風邪で休んでおいて、復帰日当日にまた倒れて帰ることになるなんて……。情けなくて、穴があったら入りたい気分だった。
産業医の先生が部屋から出ようとしたタイミングで、休憩時間を告げるチャイムが鳴った。先生が扉を開けると、そこには美咲先輩がいた。
「先生、入ってもいいですか?」
「いいわよ。でもなるべく短めにね。彼女には今、帰るように言ったから」
「ありがとうございます。お手数おかけしました」
そんな会話が耳に入ってくる。
ぼんやりとしながら二人を眺めてると、部屋に一人入ってきた先輩に……思いっきりデコピンされた。
「いっ……たあああい! 先輩、痛いです! なんなんですか、その指!」
先輩の指には鉄でも仕込んであるんだろうか。あまりの痛さに涙目になりながら訴えると、目の前の先輩は逆に涙を溜めていた。
「……美咲先輩?」
痛いのは私なのに、どうして先輩が泣きそうになってるんだろう。呼びかけた瞬間、思いっきり抱きしめられた。
「……ひよりの馬鹿っ! なんでそんな無茶すんのよ!」
先輩からすれば、5日ぶりに顔を合わせた後輩がいきなり目の前で倒れたのだ。不安になって当然だろう。
「……心配かけてすみませんでした」
「ほんとに悪いと思ってんの」
涙目でじろりと睨まれる。さすが、先輩。そんな顔をしても可愛らしいです。
「思ってます。ごめんなさい。反省してます」
可愛らしい顔に見惚れそうになったが、またデコピンされてはたまったもんじゃない。慌てて謝罪する。
「だったら、私の言うこと聞けるよね?」
一切の反論を許さないといった表情で、ほっぺを軽く膨らませ、潤んだ瞳で睨んでくる。その顔を見ただけで、どんな男性でも言うことを聞いてしまうだろう。
同性の目から見ても可愛らしいなと見惚れていると、「ひより! 聞いてんの!」と怒られてしまった。天使が悪魔になったよ、怖い……。
「はい、なんでも言うこと聞きます……」
元気になったら美味しいケーキでも、お酒でもなんでも奢ろうと固く誓ってると、先輩は全く違うことを言い出した。
「じゃあ、迎えを呼んでるから大人しくそいつと帰りなさい」
「……へ?」
予想外の言葉に、思わず間抜け面になってしまう。
「もう起き上がれるの? じゃあ、行くよ」
そう言うや否や、ベッド下から私のカバンを取り出し、さっさと部屋から出て行こうとする。
そのまま先輩はエレベーターへと歩き出す。その足取りは、私に合わせて普段よりゆっくりだった。
(美咲先輩のこういう分かりにくい優しさが、好きなんだよね……)
思わずニヤついてると「何、笑ってんのよ」と小突かれた。前言撤回。もう少し優しさを分けてください。
そのまま玄関前まで連れてこられると、そこに立っていたのは美咲先輩の弟さんだった。
「こいつとは前に会ったでしょ? 浩平っていうの。浩平、こっちは私の後輩のひより」
「ちわっす」
「こんにちは……」
「浩平に連絡したら、今日仕事が休みになったっていうからちょうどいいと思って。家まで浩平に送っていってもらいなさい」
「……。ええええ! いやいやいや、いいですそんなの悪いですよ」
慌てて断ったけど、美咲先輩はにっこり笑って却下してきた。
「私の言うこと、なんでも聞くって言ったわよね?」
……笑顔なのに圧がすごい。いや、あれは笑顔の皮をかぶった圧力だ。
横から浩平さんが耳元で囁く。
「言うこと聞いておいた方がいいっすよ。後が怖いから」
なるほど、確かにその通りだ。
「浩平、今なんか言った?」
ぎろりと睨まれると、浩平さんは「いや、なんも言ってないっす」と直立不動で答えた。……姉弟なのになぜ敬語?
「あの、浩平さんは迷惑じゃないですか?」
そう聞くとなぜか本人ではなく美咲先輩が答えた。
「迷惑なんかじゃないわよ。そんなこと気にしなくていいの」
……結局、私も浩平さんも逆らえないのだ。素直に甘えることにした。
「じゃあね、ひより。帰ったらどこにも出かけないで大人しく寝てるのよ。明日も無理しないで、ちょっとでも具合が悪かったら休むこと! 浩平、……手ぇ出したりしたら承知しないからね」
「しねぇよ!!!」
美咲先輩に脅しをかけられた浩平さんは、首がもげそうな勢いで横に振っている。その必死さに、思わず「なんか、すみません……」と謝ってしまった。
ここはどこだろうかと思ったタイミングで、扉をノックする音が聞こえた。
「はい……」
返事をした途端、白衣を着た女性が顔を出した。
「あら、気がついた? 気分はどう?」
聞かれて体を起こそうとすると「無理はダメよ。まだ寝てなさい」と優しく諭された。
「あの、ここは……」
「ここは会社のヘルスケアルームよ。あなた、会社の前で貧血起こして倒れたの。ダメよー、病み上がりの体で走ってきたりなんかしちゃ」
そういえば社内に、体調不良の人が休めるためのヘルスケアルームがあると、新人研修のときに案内されたことを思い出す。使用したことがないから、そんな場所があることすらも忘れていた。
渡された体温計で熱を測り、取り出して先生に渡す。
「うん、熱はないわね。でも無理はしないこと。あなたの上司からは、起きたら今日は帰るようにって伝言を預かってるわ」
カバンはそこよと言って、ベッドの下を指さされる。
休日含めて5日間も風邪で休んでおいて、復帰日当日にまた倒れて帰ることになるなんて……。情けなくて、穴があったら入りたい気分だった。
産業医の先生が部屋から出ようとしたタイミングで、休憩時間を告げるチャイムが鳴った。先生が扉を開けると、そこには美咲先輩がいた。
「先生、入ってもいいですか?」
「いいわよ。でもなるべく短めにね。彼女には今、帰るように言ったから」
「ありがとうございます。お手数おかけしました」
そんな会話が耳に入ってくる。
ぼんやりとしながら二人を眺めてると、部屋に一人入ってきた先輩に……思いっきりデコピンされた。
「いっ……たあああい! 先輩、痛いです! なんなんですか、その指!」
先輩の指には鉄でも仕込んであるんだろうか。あまりの痛さに涙目になりながら訴えると、目の前の先輩は逆に涙を溜めていた。
「……美咲先輩?」
痛いのは私なのに、どうして先輩が泣きそうになってるんだろう。呼びかけた瞬間、思いっきり抱きしめられた。
「……ひよりの馬鹿っ! なんでそんな無茶すんのよ!」
先輩からすれば、5日ぶりに顔を合わせた後輩がいきなり目の前で倒れたのだ。不安になって当然だろう。
「……心配かけてすみませんでした」
「ほんとに悪いと思ってんの」
涙目でじろりと睨まれる。さすが、先輩。そんな顔をしても可愛らしいです。
「思ってます。ごめんなさい。反省してます」
可愛らしい顔に見惚れそうになったが、またデコピンされてはたまったもんじゃない。慌てて謝罪する。
「だったら、私の言うこと聞けるよね?」
一切の反論を許さないといった表情で、ほっぺを軽く膨らませ、潤んだ瞳で睨んでくる。その顔を見ただけで、どんな男性でも言うことを聞いてしまうだろう。
同性の目から見ても可愛らしいなと見惚れていると、「ひより! 聞いてんの!」と怒られてしまった。天使が悪魔になったよ、怖い……。
「はい、なんでも言うこと聞きます……」
元気になったら美味しいケーキでも、お酒でもなんでも奢ろうと固く誓ってると、先輩は全く違うことを言い出した。
「じゃあ、迎えを呼んでるから大人しくそいつと帰りなさい」
「……へ?」
予想外の言葉に、思わず間抜け面になってしまう。
「もう起き上がれるの? じゃあ、行くよ」
そう言うや否や、ベッド下から私のカバンを取り出し、さっさと部屋から出て行こうとする。
そのまま先輩はエレベーターへと歩き出す。その足取りは、私に合わせて普段よりゆっくりだった。
(美咲先輩のこういう分かりにくい優しさが、好きなんだよね……)
思わずニヤついてると「何、笑ってんのよ」と小突かれた。前言撤回。もう少し優しさを分けてください。
そのまま玄関前まで連れてこられると、そこに立っていたのは美咲先輩の弟さんだった。
「こいつとは前に会ったでしょ? 浩平っていうの。浩平、こっちは私の後輩のひより」
「ちわっす」
「こんにちは……」
「浩平に連絡したら、今日仕事が休みになったっていうからちょうどいいと思って。家まで浩平に送っていってもらいなさい」
「……。ええええ! いやいやいや、いいですそんなの悪いですよ」
慌てて断ったけど、美咲先輩はにっこり笑って却下してきた。
「私の言うこと、なんでも聞くって言ったわよね?」
……笑顔なのに圧がすごい。いや、あれは笑顔の皮をかぶった圧力だ。
横から浩平さんが耳元で囁く。
「言うこと聞いておいた方がいいっすよ。後が怖いから」
なるほど、確かにその通りだ。
「浩平、今なんか言った?」
ぎろりと睨まれると、浩平さんは「いや、なんも言ってないっす」と直立不動で答えた。……姉弟なのになぜ敬語?
「あの、浩平さんは迷惑じゃないですか?」
そう聞くとなぜか本人ではなく美咲先輩が答えた。
「迷惑なんかじゃないわよ。そんなこと気にしなくていいの」
……結局、私も浩平さんも逆らえないのだ。素直に甘えることにした。
「じゃあね、ひより。帰ったらどこにも出かけないで大人しく寝てるのよ。明日も無理しないで、ちょっとでも具合が悪かったら休むこと! 浩平、……手ぇ出したりしたら承知しないからね」
「しねぇよ!!!」
美咲先輩に脅しをかけられた浩平さんは、首がもげそうな勢いで横に振っている。その必死さに、思わず「なんか、すみません……」と謝ってしまった。


