天然で眼鏡な彼は、まだ恋を知らない

「ちょっ……! あんた、何よ傘もささずに歩いて! もう、ビショビショじゃない!」

 眉を吊り上げながら、隣にいた男の人が差していた傘を半ば強引に奪い取り、私の頭上に差し出してくれる。

「おいっ!」
「あん? 何か文句でもあるの?」

 美咲先輩の迫力に押されたのか、相手の男性は肩をすくめてあっさりと引き下がった。

「い、いえ……なんでもないです……」

 呆気に取られて二人のやりとりを眺めていると、美咲先輩がミニタオルを取り出し、当然のように私の頭や濡れた服を拭きはじめる。
 タオルから伝わる温かさに、張りつめていた気持ちが少しだけ緩んでいくのを感じた。


「あの……」
「ん? どうした?」
「美咲先輩の……彼氏さんですか?」

 問いかけた瞬間、二人の声が重なった。

「「違うっ!」」

 見事なハモリっぷりに、思わず目を瞬かせる。

「こいつは弟よ。帰ろうとしたら雨が降ってきたから、傘持って迎えに来いって呼び出したの」

 言われて改めて彼を見た。
 金髪に染められた髪は根元が黒く戻りはじめ、プリン頭になっている。耳にはいくつものピアス。ぱっと見はヤンキーそのもの……正直、ちょっと怖い。
 美咲先輩の弟、と言われても全然ピンとこない。むしろ「彼氏です」と言われたほうがまだ納得できるくらいだ。

 そんなことを考えていたらハッとなり、慌てて彼の方に向き直る。

「ご、ごめんなさい! せっかく先輩を迎えに来たのに、傘をお借りしてしまって……!」

 すると彼はニカッと笑って肩をすくめた。

「いや、全然いいっすよ。気にしないでください。女の人が濡れてるほうがダメっすから」

 見た目だけで「怖そう」なんて思ってごめんなさい。めっちゃいい人だった。

「こんな小さなタオルじゃ足りないわね。……浩平(こうへい)、そこのコンビニでタオル買ってきて」
「へいへい」
「返事は『はい』でしょ! ほら、とっとと行って!」

 小言を言われても気にする様子もなく、浩平さんはひょいと手を振ってコンビニに向かっていった。

「で? 何があったの?」

 不意に問われて、胸が跳ねる。

「え……?」
「何かあったんでしょ。……また、泣きそうな顔になってるよ」

 その言葉に張りつめていたものがほどけていく。

「先輩……」

 声にならない声と一緒に、涙がぽろりとこぼれ落ちた。

「あーあ。ほら、泣くなって。いつでも話は聞くって言ったでしょ」

 美咲先輩はそう言って、頭をぽんぽんと撫でながら、そっと抱き寄せてくれる。
 その温もりに触れた瞬間、安心したせいで余計に涙が止まらなくなる。

 先輩……私、どうしたらいいんですか――。