《ひよりside》
田中さんに手招きされるまま、流されるように駅近くの喫茶店へ入った。窓際の席に腰を下ろすと、注文を済ませた田中さんはグラスの水を一口飲み、落ち着いた所作でこちらを見つめてきた。
「突然お声がけしてしまってすみません。何かご予定などはありませんでしたか?」
上品な笑顔――けれど、その瞳はひどく冷静で、観察されているように感じる。「特に何も予定はなかったので大丈夫です」と答えると、「そう、それなら良かった」とまた柔らかく微笑んだ。
「改めまして。ミライテック株式会社の田中幸枝と言います。お名前を伺っても?」
そういえば名乗っていなかった、と気づいて慌てて返す。
「桜井システムズの桐島ひよりと言います」
「ひよりさん……可愛らしいお名前ね」
「ありがとうございます」
お礼を言いながらも、声音の端に小馬鹿にした響きを感じてしまい、胸の奥にざらつきが残った。
そのまま目の前に座る女性を見つめる。肩まで艶やかに流れる髪が、胸元にはらりとかかる。派手すぎず上品なネイル、透き通るような白い肌。ぷるんとした唇は淡いピンクに彩られ、まるで雑誌のモデルのようだった。
同性の私でさえ、思わず見惚れてしまうほどの美しさ。
(……相原さんは、こういう人が好みなんだ)
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
自分とは釣り合わない。隣に立つ姿すら想像できない――そんな敗北感が押し寄せた。
けれど、そのとき美咲先輩の言葉が頭に響く。『遠慮してたら何も始まらないよ』。
ここで引いてどうするの。私、負けてる場合じゃない。
お腹に力を込め、沈みそうな心を必死に持ち直して、言葉を絞り出した。
「あの……相原さんについてのお話って、何ですか?」
田中さんはお上品な微笑みを絶やさないまま、ゆったりと口を開いた。
「ひよりさん、とお呼びしてもよろしいかしら?」
「……どうぞ」
心の奥では、できれば呼ばれたくないと思った。けれど「嫌です」とは言えない。引き下がるのも癪で、仕方なく受け入れた。
「ひよりさんは、相原さんとどういったご関係ですか?」
「え……?」
不意打ちの問いに声が詰まる。
「毎朝、一緒に通勤されてますよね?」
「……っ! な、なんでそれを……」
胸がぎくりと跳ねて、思わず顔がこわばった。
「ああ、誤解しないでくださいね」
すぐに田中さんは、にこりと微笑んで言葉を重ねる。
「別に付け回したりしたわけではないんです。私も同じ電車で通勤しているものですから」
その言い方が、妙に余裕たっぷりに聞こえた。
「普段、あまり笑顔を見せない相原さんが……とても楽しそうにお話しているのを見かけて。相手の方がどういう方なのか、気になりまして」
軽く目を伏せる仕草まで上品で――まるで「あなたのことは全部見ている」とでも言いたげだった。
彼女からすれば、付き合っている相手が見知らぬ女性と楽しげに通勤している姿など、気分のいいものではないだろう。気持ちは理解できる。けれど――。
どういう関係も何もない。相原さんは片思いの相手で、それ以上でもそれ以下でもない。ただ、それを素直に告げるわけにはいかなかった。
「相原さんとは特別な関係ではありません。電車で一緒になった時に、お話ししているだけです」
手のひらに汗が滲む。気づかれないよう、そっと膝の上に下ろした。
田中さんに手招きされるまま、流されるように駅近くの喫茶店へ入った。窓際の席に腰を下ろすと、注文を済ませた田中さんはグラスの水を一口飲み、落ち着いた所作でこちらを見つめてきた。
「突然お声がけしてしまってすみません。何かご予定などはありませんでしたか?」
上品な笑顔――けれど、その瞳はひどく冷静で、観察されているように感じる。「特に何も予定はなかったので大丈夫です」と答えると、「そう、それなら良かった」とまた柔らかく微笑んだ。
「改めまして。ミライテック株式会社の田中幸枝と言います。お名前を伺っても?」
そういえば名乗っていなかった、と気づいて慌てて返す。
「桜井システムズの桐島ひよりと言います」
「ひよりさん……可愛らしいお名前ね」
「ありがとうございます」
お礼を言いながらも、声音の端に小馬鹿にした響きを感じてしまい、胸の奥にざらつきが残った。
そのまま目の前に座る女性を見つめる。肩まで艶やかに流れる髪が、胸元にはらりとかかる。派手すぎず上品なネイル、透き通るような白い肌。ぷるんとした唇は淡いピンクに彩られ、まるで雑誌のモデルのようだった。
同性の私でさえ、思わず見惚れてしまうほどの美しさ。
(……相原さんは、こういう人が好みなんだ)
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
自分とは釣り合わない。隣に立つ姿すら想像できない――そんな敗北感が押し寄せた。
けれど、そのとき美咲先輩の言葉が頭に響く。『遠慮してたら何も始まらないよ』。
ここで引いてどうするの。私、負けてる場合じゃない。
お腹に力を込め、沈みそうな心を必死に持ち直して、言葉を絞り出した。
「あの……相原さんについてのお話って、何ですか?」
田中さんはお上品な微笑みを絶やさないまま、ゆったりと口を開いた。
「ひよりさん、とお呼びしてもよろしいかしら?」
「……どうぞ」
心の奥では、できれば呼ばれたくないと思った。けれど「嫌です」とは言えない。引き下がるのも癪で、仕方なく受け入れた。
「ひよりさんは、相原さんとどういったご関係ですか?」
「え……?」
不意打ちの問いに声が詰まる。
「毎朝、一緒に通勤されてますよね?」
「……っ! な、なんでそれを……」
胸がぎくりと跳ねて、思わず顔がこわばった。
「ああ、誤解しないでくださいね」
すぐに田中さんは、にこりと微笑んで言葉を重ねる。
「別に付け回したりしたわけではないんです。私も同じ電車で通勤しているものですから」
その言い方が、妙に余裕たっぷりに聞こえた。
「普段、あまり笑顔を見せない相原さんが……とても楽しそうにお話しているのを見かけて。相手の方がどういう方なのか、気になりまして」
軽く目を伏せる仕草まで上品で――まるで「あなたのことは全部見ている」とでも言いたげだった。
彼女からすれば、付き合っている相手が見知らぬ女性と楽しげに通勤している姿など、気分のいいものではないだろう。気持ちは理解できる。けれど――。
どういう関係も何もない。相原さんは片思いの相手で、それ以上でもそれ以下でもない。ただ、それを素直に告げるわけにはいかなかった。
「相原さんとは特別な関係ではありません。電車で一緒になった時に、お話ししているだけです」
手のひらに汗が滲む。気づかれないよう、そっと膝の上に下ろした。


