《ひよりside》
相原さんのことが気になって仕方ないのに、私は違う沿線で通勤する日々を続けていた。
ユキに背中を押されたのに、結局何もできないまま。忘れることもできず、かと言って動き出す勇気もなく、苦しい毎日だった。
新しい電車に乗るたび、「もう会えないんだ」と思い知らされる。そのたびに胸の奥が寂しさでいっぱいになる。
ある日、仕事を終えて帰り支度をしていると、同僚が慌てた様子でやってきた。
「ねえ、聞いて! 私が使ってる路線、人身事故で運行が止まってるんだって」
耳に入ってきたのは、人身事故で電車が止まっているという知らせだった。最近私が通勤に使っていた路線だった。
「ひよりはもう一つの路線を使ってるから帰れるでしょ?」
美咲先輩はにこやかにそう言った。
相原さんと同じ電車が走る路線から変えたことを知らない美咲先輩に、何も言えないまま。私は仕方なく、これまでの路線に向かうことにした。
***
「いつもより遅い時間だし、相原さんに会うことはないよね……」
そう自分に言い聞かせながら、駅に向かう。
ホームに降りると、そこには見慣れた姿があった。
相原さんだ。
見間違いかと思った。しかしその整った顔立ちと、ふと電車の方を向いた時の横顔は間違いなく彼だった。
私は気まずさから、踵を返そうとした。
――その瞬間、相原さんは私の存在に気づき、声をかけてきた。
「……桐島さん?」
無視するわけにもいかず、私はゆっくりと振り返り、相原さんと顔を合わせた。
「……こ、こんばんは……」
おずおずと挨拶すると、相原さんはホッとしたように微笑んだ。
(……なんでそんな嬉しそうな顔……)
その嬉しそうに微笑む相原さんの顔を久しぶりに見て、改めて相原さんのことが好きだと認識した。胸の奥がきゅっと締めつけられ、涙が出そうになる。
相原さんは私の前まで歩いてくると、心配そうに尋ねた。
「……ずっと会えなかったので心配してました。あれから体調の方は大丈夫ですか?」
相原さんの本当に心配してくれていた気持ちが伝わり、心が揺れる。声にならない気持ちを押し殺して、「はい……」と答えるだけで精一杯だった。
電車がホームに滑り込み、私たちは並んで乗り込んだ。
ほんの数センチ横に相原さんの肩がある。手を伸ばせばすぐ触れられる距離。
なのに、その背中がずっと遠い場所にあるように感じられて、胸が締めつけられた。
気まずくて何も話せず、沈黙が続く。相原さんは隣にいるのに、どこか遠い場所にいるように感じた。ほんの数十センチの距離が、手を伸ばしても届かないほどに遠く思える。
そんな沈黙を破るように、相原さんがそっと口を開いた。
「実は僕、桐島さんの言ってたゲームを妹に借りて始めてみたんです」
思いがけない言葉に、驚いて顔を向ける。けれど視線を合わせる勇気はなくて、ちらりと見た横顔だけで胸が熱くなる。
「最初はなかなかうまくいかなかったのですが、今は桐島さんの推しキャラとやらと仲良くなれてるんですよ」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。近づけないと思っていた距離が、ほんの少しだけ縮まった気がした。
「……本当ですか?」
精一杯の声で返すと、相原さんは笑って頷いた。その笑顔を見た瞬間、どうしようもなく愛おしくて、同時に切なくて胸がいっぱいになる。
そして、ためらいがちに彼が続けた。
「また明日、朝の電車でお会いできませんか?」
相原さんに誘われ、一瞬、戸惑う。
(相原さんにはもう彼女がいるのに……)
そう思うと、頷いてはいけないとわかっている。
けれど、本当はまた一緒に通勤したい。また彼と他愛のないお話しをしたい。そんな気持ちに抗えず、私は小さく頷いてしまうのだった。
相原さんのことが気になって仕方ないのに、私は違う沿線で通勤する日々を続けていた。
ユキに背中を押されたのに、結局何もできないまま。忘れることもできず、かと言って動き出す勇気もなく、苦しい毎日だった。
新しい電車に乗るたび、「もう会えないんだ」と思い知らされる。そのたびに胸の奥が寂しさでいっぱいになる。
ある日、仕事を終えて帰り支度をしていると、同僚が慌てた様子でやってきた。
「ねえ、聞いて! 私が使ってる路線、人身事故で運行が止まってるんだって」
耳に入ってきたのは、人身事故で電車が止まっているという知らせだった。最近私が通勤に使っていた路線だった。
「ひよりはもう一つの路線を使ってるから帰れるでしょ?」
美咲先輩はにこやかにそう言った。
相原さんと同じ電車が走る路線から変えたことを知らない美咲先輩に、何も言えないまま。私は仕方なく、これまでの路線に向かうことにした。
***
「いつもより遅い時間だし、相原さんに会うことはないよね……」
そう自分に言い聞かせながら、駅に向かう。
ホームに降りると、そこには見慣れた姿があった。
相原さんだ。
見間違いかと思った。しかしその整った顔立ちと、ふと電車の方を向いた時の横顔は間違いなく彼だった。
私は気まずさから、踵を返そうとした。
――その瞬間、相原さんは私の存在に気づき、声をかけてきた。
「……桐島さん?」
無視するわけにもいかず、私はゆっくりと振り返り、相原さんと顔を合わせた。
「……こ、こんばんは……」
おずおずと挨拶すると、相原さんはホッとしたように微笑んだ。
(……なんでそんな嬉しそうな顔……)
その嬉しそうに微笑む相原さんの顔を久しぶりに見て、改めて相原さんのことが好きだと認識した。胸の奥がきゅっと締めつけられ、涙が出そうになる。
相原さんは私の前まで歩いてくると、心配そうに尋ねた。
「……ずっと会えなかったので心配してました。あれから体調の方は大丈夫ですか?」
相原さんの本当に心配してくれていた気持ちが伝わり、心が揺れる。声にならない気持ちを押し殺して、「はい……」と答えるだけで精一杯だった。
電車がホームに滑り込み、私たちは並んで乗り込んだ。
ほんの数センチ横に相原さんの肩がある。手を伸ばせばすぐ触れられる距離。
なのに、その背中がずっと遠い場所にあるように感じられて、胸が締めつけられた。
気まずくて何も話せず、沈黙が続く。相原さんは隣にいるのに、どこか遠い場所にいるように感じた。ほんの数十センチの距離が、手を伸ばしても届かないほどに遠く思える。
そんな沈黙を破るように、相原さんがそっと口を開いた。
「実は僕、桐島さんの言ってたゲームを妹に借りて始めてみたんです」
思いがけない言葉に、驚いて顔を向ける。けれど視線を合わせる勇気はなくて、ちらりと見た横顔だけで胸が熱くなる。
「最初はなかなかうまくいかなかったのですが、今は桐島さんの推しキャラとやらと仲良くなれてるんですよ」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。近づけないと思っていた距離が、ほんの少しだけ縮まった気がした。
「……本当ですか?」
精一杯の声で返すと、相原さんは笑って頷いた。その笑顔を見た瞬間、どうしようもなく愛おしくて、同時に切なくて胸がいっぱいになる。
そして、ためらいがちに彼が続けた。
「また明日、朝の電車でお会いできませんか?」
相原さんに誘われ、一瞬、戸惑う。
(相原さんにはもう彼女がいるのに……)
そう思うと、頷いてはいけないとわかっている。
けれど、本当はまた一緒に通勤したい。また彼と他愛のないお話しをしたい。そんな気持ちに抗えず、私は小さく頷いてしまうのだった。


