天然で眼鏡な彼は、まだ恋を知らない

《真一side》
 あれから数日、桐島さんはいつもの電車に乗ってこなくなった。

 体調が悪化したのかもしれない――あの日の、少し辛そうな顔が頭から離れない。入院でもしてしまったんじゃないかと、不安で一日が過ぎていった。

 翌日も、その次の日も姿はなかった。
 車両を間違えたのかと思い、一両目から最後尾まで満員電車の中を探してみたけれど、彼女はどこにもいなかった。

 時間を変えたのかもしれない。そう思って一本早い電車に乗ってみた。でも、やっぱり会えなかった。

 さらに次の日は、三本も早い電車に乗った。それでもいない。改札前で始業時間ぎりぎりまで待ったけれど、現れなかった。その日の帰りも、定時で会社を飛び出して最終まで粘ったけど会えなかった。

「体調が悪い」としか言っていなかったけれど、本当はもっと深刻なことなのかもしれない。


 そんなことを考えていたちょうどその時、キャリアショップから修理完了の連絡が入った。
 翌日、昼休みに中抜けしてまで受け取りに向かう。
 手に戻ったスマホを握りしめ、真っ先に桐島さんへ連絡を送った。

『この間は大丈夫でしたか?』

 けれど、画面に「既読」の文字は浮かばなかった。

 何かあったのかもしれない。その思いを押し込めながらも、午後の業務のために会社へ戻る足取りは、やけに重かった。


 ***


 彼女のことが心配で仕事中も上の空だった。

「最近ボーっとしてるけど、何かあったのか?」

 隣のデスクに座る小野が、不思議そうな顔で話しかけてくる。
 話そうか迷った。女性の扱いに長けている小野なら、桐島さんのことについてもいいアドバイスがもらえるかもしれない。そう思い、正直に相談することにした。

「実は……朝の通勤電車で知り合った女性と、最近会えなくなって……」

 こちらが言い終わる前に、小野がにやにやしながら言った。

「それが桐島さんか?」
「……! なんでそれを?」
「お前、前に桐島さんからのLINEを嬉しそうに見返してたじゃねぇか。それが原因でスマホを水没させたんだろ?」

 ああ、そういえばそうだった。

「もしかして、あの件を彼女も見ちゃったんじゃねぇの?」

 小野の言葉の意味がつかめず、首を傾げる。

「あの件とは、何だ?」

 僕の鈍さに、小野は深いため息をついた。

「……仕方ねぇな。俺もその場に居合わせたから知ってんだけどさ」

 小野は声を落とし、耳元で打ち明けてきた。告白してきた女性が抱いていた、とんでもない勘違いのことを。

 話を聞いて驚いた。女性は付き合ってほしいという意味で言っていたなんて、全く気づかなかった。そして、もし本当に小野の言うとおりに桐島さんがその場面を見ていたのなら……。

 それにしても、あの時に気づかず曖昧な態度を取ってしまったのは、告白してくれた彼女に対しても本当に失礼なことをしてしまった。思わせぶりにさせてしまったのなら申し訳ない。

 けれど今、胸を締め付けるのは――桐島さんが誤解して、僕のことを避けているかもしれないということだった。

 どうすればいい。どうすればこの誤解を解けるのか。
 答えが見つからなくて、頭を抱えるしかなかった。