銀色の雲の上

次の日も、その次の日もアレクサンダーは勉強終わりにお茶の時間を作って帰っていった。

そして、この日突然、アレクサンダーは鞄からおもむろに布袋を取り出した。

何かと思えば、布袋には小さなフライパンが入っている。
アレクサンダーがそれをテーブルの上に置くのをミハエルは怪訝な眼で見つめていた。
アレクサンダーは、続けて布袋から磁器の平皿を取り出した。
やわらかな布に包まれていたその平皿は、ティーセットと同じく精巧な絵付けがされている。

「なんだ、これは?」

ミハエルは、しげしげとテーブルの上の物を見つめる。 

「今日は良いものを持ってきたんだ」

アレクサンダーは得意げな表情で鞄の中をごそごそと何やら探っている。

「見ろ。卵を持ってきた」

ミハエルは、アレクサンダーに「ん」と差し出されるまま、思わず袋を受け取った。

覗き込むと、そこにはたしかに、綿でしっかりとくるまれた卵が二つ入っていた。

ミハエルは、アレクサンダーがここで何をしようとせんかを察した。

「やっぱり君はここを自分の家と勘違いしているな?」

呆れるミハエルに、アレクサンダーも気にも留めない様子だ。

「それにしても、一日持ち歩いて、よく割れなかったな」

ミハエルは呆れ、そして感心する。

「ハンスとじゃれ合って鞄ごと机にぶつかったときは危なかった」

ミハエルはそんなアレクサンダーに、よくやるよ、と呆れつつ、彼が調理し始めるのを仕方なく見守ることにした。

アレクサンダーはひとかけ分、紙に包んだバターを袋から取り出している。
包み紙をはがすと鉄のフライパンに落とし、暖炉の火にかけた。

おそらく、このバターも上等なものなのだろう。
フライパンの上で熱せられて、たちまち香ばしいにおいが立つ。

ミハエルは無意識のうちに、ごくり、と唾をのみ込んだ。

「ミハエル、卵を取ってくれ」

アレクサンダーに言われ、ミハエルは従順に卵を渡す。

アレクサンダーは器用に片手で卵を割ると、木ベラで手早くかき混ぜた。
木ベラもアレクサンダーが持ち込んだものだ。やけに手際が良い。

「手慣れたもんだな」

ミハエルは、思わず感心していた。

フライパンの上で卵がジュージューと音をたてたかと思うと、アレクサンダーは器用にひっくり返し、あっという間にオムレツができた。

「ミハエル、皿を持ってきて」

ミハエルは促されるままにテーブルの平皿を手渡す。

アレクサンダーにフライパンのから手際よく平皿に乗せられ、オムレツがホカホカと湯気をたてている。

「食べてみろよ」

ずいっと皿を差し出される。

「ええ……? 遠慮するよ」

「いいから」

戸惑うミハエルに、アレクサンダーはさらにグイッと皿を押しつけてくる。

ちょうどその時、ミハエルのお腹が、ぐう、と鳴った。

ミハエルは恥ずかしくなって思わず腹をおさえる。

ほら、と、もう一度アレクサンダーに促され、ミハエルはおずおずと皿を受け取った。

アレクサンダーに見つめられながら、恐る恐るオムレツに匙を割り入れる。
匙の先に、ふんわりとやわらかな触感が伝わってくる。

そのままゆっくりと黄色い卵の塊をすくうと、こわごわと口に運んだ。

「……おいしい」

「だろ?」

咀嚼するミハエルに、アレクサンダーが破顔した。

ミハエルは気がつくと、あっというまにオムレツをたいらげていた。

アレクサンダーは汚れたフライパンと、ついでに暖炉の上の壁にかかっている鍋とフライパンも袋に詰めて持って帰るという。
ミハエルがこの小屋に移って以来、一度も触れたことがない代物だ。
一部錆びてしまっている。

ミハエルはこの日、なんとなく思い立って初めてアレクサンダーを木戸のところまで見送った。

「もうさ、僕が何を言っても無駄みたいだね」

木戸に寄りかかって、ミハエルは諦めたように言う。

「やっと気がついたか?」

「……調子に乗るなよ?」

ははは、とアレクサンダーが笑う。
それから、アレクサンダーは面白いことに気づいたように口を開いた。

「お前は、夜空も見上げるんだな」

アレクサンダーに指摘されて、自分がまた無意識のうちに、木戸の外の夜空を見上げていたことに気がつく。

「どうしてそんなふうに空を見上げるんだ?」

アレクサンダーがからかうように、しかし意味ありげに尋ねる。

「それは……」

ミハエルは、言いかけてやめる。

「理由なんてないよ」