素敵な笑顔を咲かせる君と

 次の日、いつも通りに美術部のアトリエに向かった。

 確実にドアの鍵が開いているであろう、少し遅い時間帯。


「……なにやってんの?」


 私の目の前には、絵の具のついた筆を持って
 机に突っ伏している一ノ瀬くんがいた。


「あぁ、なんかこの十分間こんな感じなんだよね。
 今日ずっと集中できてないよね、一ノ瀬」


 高柳くんが一ノ瀬くんの背中をつついて、調子を伺うように顔を覗こうとする。
 まぁ突っ伏してるから覗こうにも覗けないけど。


「うるさいですね……期限が迫ってることくらい分かってんですよ……」


 ため息をつきながら体を起こすと、必然的に私と目が合う。
 すると彼はピシッと体を固まらせた。


「……元気ですか」

「元気です!」


 ニコッと笑顔を浮かべて、むしろこちら側が聞きたい質問に答えた。


「……ならよかったです」


 ため息をついて筆を持ち直してキャンバスに向き直った。
 集中モードに入り込もうとしているらしい。


「昨日何かあったの?」


 高柳くんが不思議そうな顔で聞いてきた。


「昨日私の行きつけの喫茶店で……」


 そこまで言ったところで一ノ瀬くんが急に立ち上がり、私の口を強く抑えた。


「もご……」


 驚きすぎて言葉にならない声が出てしまった。

 高柳くんも想定できなかった一ノ瀬くんの動きを見て固まっている。


「それ以上言ったらひっぱたきます」

「ん……?」

「いいですね」


 とんでもない圧力をかけられたので、私は無言で頷いた。
 なぜそんなに殺気立っているのだろう。


「なんで僕はあんなキザな……」


 私は耳がいい。
 昨日の一ノ瀬くんの心音だってちゃんと聞こえた。

 そのくらい聴力がいいのだ。


 どうやら昨日キザっぽい発言をしたことを気にしているらしい。


「昨日何があったの? マジで」


 高柳くんの質問に睨みを効かせた一ノ瀬くんだが、
 私は恩を仇で返すようなことはしたくない。

 ニコッと笑って口を開いた。


「気分転換をしたの」

「気分転換……?」

「そう。ちょっと気持ちが沈んでたんだけどね、昨日喫茶店に行って明るくなれたの」


 半分嘘だ。

 気持ちが沈んでいたのは本当だが喫茶店に行く前ではないし、
 喫茶店に行ったのは本当だが明るくなれたのは喫茶店を出たあとだ。


「ふーん、よかったね」

「うん!」


 一ノ瀬くんは私の回答に満足したのか、ようやく自分の絵に取り掛かった。