素敵な笑顔を咲かせる君と

 一ノ瀬くんの肩を抑え、ようやく頭が冴えてきた。


(お会計……、お金払わないと……)


 不安そうな表情を浮かべている一ノ瀬くんには目もくれず、立ち上がってお財布を手に取った。

 でもおじさんはどこにもいない。


「……ねぇ、君がやってよ。レジくらいできるでしょ」

「あ、……はい」


 普段着のままレジを打っている一ノ瀬くんは新鮮だ。
 あのエプロンを着ていないと少しだけ違和感がある。


「お釣り、九千三百円です」

「うん……。おじさん、ごちそうさまでした」


 お釣りをお財布に入れて、
 静かな声でおじさんがいるであろう奥の部屋に挨拶する。

 すると、ゆっくりとおじさんが出てきた。


「うん、気をつけて帰ってね」


 優しい笑顔を浮かべて私に気を遣ってくれた。
 そんなおじさんに、笑顔を返す元気もない。

 静かに頷くしかなかった。

 お店の外に出ると、冷たい風が髪の毛を揺らした。

 冬は嫌いだ。
 風は強いし、寒いから。

 冷えた手を握ってくれる両親の手はどこにもないから。


「一人で帰れますか」


 一ノ瀬くんが首を傾げながら聞いてきた。

 ここで首を横に振れば、きっと彼はついてきてくれる。
 一人の時間は少なくなる。


「……うん、帰れる。ずっとここに通ってるもん。どんなに暗くても迷子になんてならないよ」


 多分今は、夜八時過ぎくらい。
 夜遅い時間帯でもない。

 スクールバッグを肩にかけ直して、ニコッと笑った。


「……まぁ、一人で帰れるっていうなら別にいいけど」


 コートのポケットに手を突っ込んで、
 一ノ瀬くんはため息をついた。


「でも無理に笑わなくてもいいんじゃないですか。
 毎日毎日ニコニコ笑って疲れません?」

「は……」


 心の底から驚いた。
 私の作り笑顔に気づいた人は彼が初めてだったから。

 一体いつから気づいていたのだろう。
 私のたった一つの生きる術に。


「僕の前ではそんな笑顔見せないでください。
 アンタの仮面なのかもしれないけど、
 ずっと仮面を被ってたらいつか自分がなんなのか分からなくなる」


 仮面。その言葉にしっくりきた。

 私は仮面を被っていた。


 私の右目をカラコンだと言う先生にも、
 酒瓶を振り上げる父親にも、
 私を視界に入れない母親にも。

 だって、私が満面の笑みを浮かべたらみんな黙るから。