素敵な笑顔を咲かせる君と

「別に拘ったっていいじゃないですか。期限は守りますよ」


 私が紙を見る前に、一ノ瀬くんが高柳くんから奪い取った。


「ねぇ見せてよ、何を描いたのか気になる」

「失敗作」


 一ノ瀬くんは今度こそ誰にも見られないように、
 スケッチブックの切れ端をビリビリに破いた。


「「もったいな〜」」


 高柳くんと私の声がハモった。
 高柳くんは何故かニヤニヤしている。


「うるさいです。僕がどんな絵を失敗作だって言って捨てたって、僕の勝手でしょ」


 確かにその通りだ。
 自分で描いたのなら自分で失敗作って言っても誰も傷つかない。

 誰の名誉も傷つけない。


「でもきっと、それは君の世界の一部だよ」


 私の表現を不思議に思ったのか、二人は首を傾げた。


「世界って……そんな壮大な……」


 一ノ瀬くんは鼻で笑うようにそう言っていたが、
 私はその表現を変えるつもりはない。


「例えば小説。
 私たちが見えているもの以外の、ファンタジーの世界。
 これは、存在しない世界だよね。漫画も同じかな」

「まぁ、そうだね」


 高柳くんが腕を組んで納得した表情を見せた。
 一ノ瀬くんはまだ口を半開きにしている。


「あとは、音楽も世界の一つだと思う。
 歌詞を使って表現して、私たちの知らない誰かの世界がメロディーと一緒に広がるの」

「ほぉ〜……?」


 それはちょっとよく分からないらしい。

 恋愛ソングも、友情ソングも、
 私の知らないところで繰り広げられていたものだ。

 それを誰かの世界と呼ばずしてなんと呼ぶ。


「きっと絵も同じだよ。絵は、その人の見た世界で創られる。
 だって人によって描く絵は違うじゃない?
 君の世界も見たいんだよ」


 そこまで言うと、二人は納得したように少し頷いていた。
 一ノ瀬くんはチラッとボロボロになった紙を見て、再び手の中で丸めた。


「でもこれはダメ。絶対に誰にも見せない。
 高柳先輩にはもう見られたっぽいけど」


「俺ももったいないと思うよ? せっかく綺麗に描けてたのに」

「うるさい」


 どうしても見せたくないらしい。
 でも綺麗って言っているんだから、ゴキブリを描いていたわけではないのかな。


「一ノ瀬、舞華ちゃんには見せてもいいと思うんだけどなぁ」

「もう破っちゃいましたよ」

「紙がもったいないよ」

「破る前に言ってくださいよ」


 どうやらこの二人は仲がいいらしい。
 なんか空気がトゲトゲしてる気がするけど。


「ねぇ一ノ瀬くん、来週の日曜日行くね」

「またですか?」


 少し萎れたたんぽぽから目を離して、嫌そうな顔を浮かべた。
 そんな顔をされたら流石に私も悲しい。


「大丈夫、紅茶を頼むからさ。君が奢る必要はないよ」


 一ノ瀬くんの後ろに周り肩に手を置いて覗き込むように顔を見る。
 すると彼は呆れたようにため息をついた。


「紅茶なら他の喫茶店でいいでしょ・・・・・・」

「あそこの紅茶が美味しいの!」

「それは分かるけど・・・・・・」

「分かるんじゃん!」


 笑顔で肩を揺さぶると、だるそうな声が漏れ出る。
 それが楽しくて大きく揺さぶるのを続けてしまう。


「なんか二人とも、仲良くなったねぇ」


 高柳くんが椅子に座って足を組んでいる。
 優しく微笑みながら、興味があるとでも言うような目で私たちを見てくる。


「そう! 私たち仲良しなの!」

「出会ってからそんな時間経ってないでしょ」

「その割に距離感バグってるんだよなぁ・・・・・・」


 私は一ノ瀬くんの両肩に手を置き、頬を彼の頬に押し付けている。
 距離感が近いと言うけれど、ここまで近くなったのは今日が初めてだ。


「なんでこんなに距離が近いんですか?」


 私の頬を手の甲で押し返しながら、私の目を見て一ノ瀬くんが聞いてきた。


「君はあったかいからね。名前が春っていうからかな。私冷え性なの、ほい」


 その掛け声と共に、アトリエに来る前までにキンキンに冷やしておいた両手を、彼の首に置いた。


「冷たっ!」


 そう言って私から逃げるように椅子から立ち上がって遠ざかった。
 ほらみろ、私は冷え性なのだ。


「なるほどねぇ、一ノ瀬で暖を取ってたわけだ」

「そういうこと〜!」

「そういうこと〜じゃねーんですよ! 僕が凍え死ぬわ!」


 なんか言ってるけど無視しよう。
 この程度で凍え死ぬわけないから。