素敵な笑顔を咲かせる君と

 放課後。
 あのアトリエで一ノ瀬くんは、いつもの席でスケッチブックに鉛筆を走らせていた。


「一ノ瀬くん、やっ……」


 やっほー、と言おうとした瞬間、
 一ノ瀬くんは描いていたスケッチブックの紙をビリッと破った。
 それはもう、勢いよく。


「……びっくりしました」

「うん、私も」

「気配消すなっつったのに……」

「別に消してないっつの」


 彼はため息をつきながら立ち上がって、
 破いた紙をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨てた。


「捨てるの? もったいないよ」

「アンタのせいだ」

「私のせい!?」


 言いがかりにも程がある。
 そもそも、そんなにびっくりするような性格でもないだろうに。


「何描いてたの? 美術展に提出するやつとか?
 下書き失敗したの?」

「……別に。美術展のやつはそこにあります。もう絵の具に差し掛かってる」


 親指で指す方向には、キャンバスに少しだけ絵の具がついているものだった。


「これ、何を描いてるの?」


 鉛筆で薄くカーブを描いている線に沿って、
 濃いグレーや薄いグレーが塗られている。

 モノクロの絵を描くのだろうか。


「水に浮く人の顔を書くつもりですけど、どんな人間を描くかはまだ決まってないです」


 なるほど。鉛筆で描かれたカーブは水の揺らぎだったらしい。
 そして左下にある見切れた大きな円は、人の顔のおでこが入るのだろう。


「ねぇ、この水にお花浮かべたら? 少しここら辺さみしいよ」


 水に浮く人の右上あたりは何もない。
 水を描くのだろうけれど、それでは少し物足りないような気もする。


「うーん……そうすると、花と顔のどっちがメインかわからなくなるんだよな……。
 さみしいってのは同意ですけど」


「そんなのも考えないといけないんだぁ」


 やはり私には絵のセンスはないらしい。
 色の配置とか大きな物とか全く分からない。

 意外とちゃんと頭を働かせなければならないのに驚いた。


「一ノ瀬は拘るねぇ」


 後ろからいきなり聞いたことのある声が聞こえた。センター分けの男の子が、ゴミ箱に捨てられたスケッチブックの切れ端を広げている。


「あ、高林くん」

「高柳ね? 誰だよ高林くん」

「誰だろうね」


 広げられたしわくちゃの紙に何が描かれているのか気になって、高柳くんのところに向かった。