素敵な笑顔を咲かせる君と

「ところでセンター分けくんはいつまで固まってるの?」

「センター分けくん!?」


 彼はようやく声を出した。
 名前を知らないからそう呼ぶしかない。


「俺、そんな風に覚えられてたんだ……。結構ショックなんだけど」

「だって、君が一方的に私のことを知ってるだけじゃん。何組の何番で名前は?」


 そう言うと、彼は確かにと頷いて、姿勢を正して改めて口を開いた。


「二年四組十六番。高柳透、美術部の部長だよ」

「なるほどねぇ、だから私に散々入部するか聞いてたのかぁ」

「うん。君みたいな可愛い子が入ってくれたら、みんなの意欲も上がると思うんだ」

「遠慮しとくよー」


 口角を上げて目尻を下げる。
 手も一緒につければ楽しそうで明るい雰囲気を醸し出せる。

 顔の前で手のひらを振れば、華やかな花咲舞華の完成だ。


 というか、私の画力を一回見ておいた方がいい。
 そう思って、一ノ瀬くんの肩を叩いて笑顔を作ってこう言った。


「ねぇ、ほんの少しの間だけでいいから鉛筆貸してよ。あとそのスケッチブックの紙を一枚ちょうだい」

「……別にいいですけど」


 そう言って、スケッチブックの紙を一枚千切って鉛筆と一緒に渡してくれた。とくと見よ、私の画力を。

 まず鉛筆を紙の左上あたりに置いた。
 そしてまっすぐ下に引き、その線の中心辺りから右に垂直に引く。

 少し進んだあたりでまっすぐ下に下ろす。


「できた!」

「何これ」


 一ノ瀬くんが開口一番にサラッと言った。
 一応これでも上出来な方だと思うのに。


「椅子だよ」


 正解を言うと、二人は固まった。
 そして一ノ瀬くんは自分の座っている椅子を立って眺める。


「あ、横から見た椅子ね!?」


 高柳くんはようやく納得した。
 やっぱり私に画力なんてない。勉強は一応できるけど。


「せめて厚みが欲しかった……」


 一ノ瀬くんが何か言っているけれど、何も聞こえない、何も聞こえない。


「まぁでも、ね? 一応形はわかるから。奥行きとか何もないけど」

「高柳くん、無理にフォローしなくていいんだよ?」


 私の画力を見せることもできたし、そろそろ家に帰ろう。
 そう思った瞬間、いきなり一ノ瀬くんが私の持っていた椅子(仮)の絵を奪った。


「どうしたの? 一ノ瀬くん」

「一ノ瀬、まず一言言いなね」


 私の声と高柳くんの注意を無視して、さらさらと椅子(仮)の絵に鉛筆を走らせている。


「何やってるの?」


 声が聞こえているのか、それとも集中して聞こえていないのか。全く反応がない。


「……はい」


 しばらくして、私にその紙を渡した。
 私の描いた椅子が立体的に直されていた。


「うわすっご! あんなにヒョロヒョロだったのに!」

「別に美術部入っていれば、立体的な物くらい大体描けますよ。そういうこと齧ってる人ばっかだし」

「あっはは! 私じゃ無理だねぇ!」

「そうでしょうね」

「辛辣ぅ……」


 やっぱり彼の描く絵はすごい。
 どこまでも淡くて優しい。儚くて暖かくて穏やかで。

 ただの横から見ただけの椅子なのに、
 どうしてこんなにも彼の描くものは特別に見えるんだろう。


「そろそろ私帰っていい?」

「うん、別に美術部員じゃないからね」


 高柳くんにそう言われたので、床に置いてあるスクールバッグを肩にかけた。


「ねぇ一ノ瀬くん、またなんか描いてよ」

「……また?」


 机の上に散らばっている消しゴムのカスを片付けながら、怪訝そうな顔で私を見た。


「うん、なんでもいいからさ」

「なんでもいいが一番困るんですけど」


 一ノ瀬くんの文句に聞こえないふりをして、私はアトリエを後にした。


「ほんじゃばーい!」

「うん、気をつけてね」


 高柳くんは手を振り返してくれたけど、一ノ瀬くんは何も言ってくれなかった。