素敵な笑顔を咲かせる君と

「いつもいる子じゃん」


 部活で絵を描いている時に、ドアの外あたりに人溜りができていた。
 何があるのか気になって、筆を置いて覗いてみた。

 そこには、先日バイト先の喫茶店にいたオッドアイの女の子がいた。
 大人っぽくて綺麗だったから、てっきり大学生くらいかと思っていたのに。

 まさか同じ高校に通っていたなんて。どんな偶然だろう。


「嘘だろ!?」


 気がついたら大声を出していた。
 驚くなと言われる方が無理な話だ。

 まずい。このままではバイトをしていたことが学校にバレてしまう。
 そうなれば大学受験に響いてしまうかもしれない。

 頭を働かせるよりも先に、体が動いていた。


「ちょっと来て!」

「うわあああ!?」


 それ以降のことは覚えていない。
 パニックで頭がうまく働かなかったんだろう。

 とりあえず彼女は僕より一個上の年齢で、バイトのことを内緒にしてくれるということだけは思い出せる。

 あと何故か次の日曜日にまた喫茶店に来るからコーヒーを奢ってとも言われた。


(もうちょっとお淑やかな人かと思ってた……)


 勝手に人物像を想像していた僕が悪いのはわかっている。
 でも、人というのは三秒で相手の性格を判断してしまう生き物だ。

 僕が悪いのは分かっていた。
 それでも、想像と現実とのギャップが、僕を嫌な対応へと導かせた。

「こんにちは〜!」

「いらっしゃ……はぁ……」


 軽やかな明るい声が店内に響いた。
 午後二時ごろ。お昼の少し客が多い時間帯が過ぎた頃に、彼女はやってきた。


「一ノ瀬くん、まずはいらっしゃいませでしょ」


 店長に注意されてしまった。
 相手が相手だからという言い訳を言おうかとも悩んだが、接客業的には店長の方が圧倒的に正しい。

「はい」というほかなかった。


「注意されてやんのー!」


 手を口に当てながらケラケラと笑う彼女の笑顔は、なんというか、気持ち悪かった。

 なんて言えばいいのかはわからない。
 ただ、先週に見た花のような笑顔ではなかったことは確かだ。


「舌打ちしますよ」

「お行儀悪いよ? おじさーん、今日の気まぐれケーキとコーヒーください!」


 そんな作り物の笑顔を見たくなくて、逃げるようにキッチンに行こうとした。
 でも、店長の質問がそれを阻んだ。


「わかった。二人は知り合いなの? 先週はそんなに仲良く話してなかったのに」


 確かにこんな会話をしていては、友達のように見えてしまうだろう。

 でも、僕たちは先週に会ったばかりで、話したのもその時が初めてだ。


「別に仲良くないです」

 だから、そう即答した。別に嘘じゃないはずだ。
 なのに……


「あっははは! 本当に生意気だねぇ! あっはは!」


 今度は気持ち悪くなかった。意味がわからない。
 一口に笑顔と言っても、どうしてこんなに違うのだろう。

 どうして彼女は、いつも笑顔でいるんだろう。
 どうしてたまに、気持ちの悪い笑顔を見せるんだろう。見たくない。


「あははは! デート中みたいだって!
 恋人っぽいこともしてみる? あーんしたげよっか!」

「いらない」


 なんでそんな、紙に貼り付けたような笑顔を見せるんだ。
 あの時の、綺麗な笑顔を見せてほしい。

 どうしてあんな風に笑わないんだ。
 もっと楽しそうにして。もっと心からの笑顔を見せろ。


(あぁ〜、腹立つ……)


 花咲先輩の手に三百円を置くときに、その腹立たしい気持ちをぶつけたのはまた別の話。


「いった! もうちょっと優しく置いてよ!」


 そんなことを言われても、僕の右手だって痛かった。
 痛みを誤魔化すために、左手で右の手のひらを擦った。