素敵な笑顔を咲かせる君と

「奢るのは今日で十分でしょ。もう来ないでくださいよ」

「来るのは私の自由だよ。君に命令される筋合いはないね。また来週も来るよ」

「僕の財布を枯らす気か……」


 またドでかいため息をついた。
 このままでは一ノ瀬くんの幸せメーターがゼロになってしまう。


「一ノ瀬くん、ため息をつくと幸せが逃げるって知ってる?」

「幸せならため息はつかない」

「……すっごい納得した」

「ならよかったよ」


 私の方が先輩なのに、一ノ瀬くんは時々タメ口を使ってくる。
 私は美術部の先輩というわけでもないし、そんな堅苦しいのは好まない。だから別にいいんだけど。


「ねぇ一ノ瀬くん、君は何か勘違いをしてるよ」


 指を組んでテーブルに手首を置いてそう言うと、彼は「は?」といぶかしげな顔をした。


「私はコーヒーを奢ってって言ったの。別にケーキのお金を払う必要はない。
 君は三百円だけ払えばいい。
 ちなみに来週は紅茶を頼むつもりだから、君のお財布の出番はないよ。安心して」


 一ノ瀬くんはさらに不思議そうな顔をした。


「そんな細かい言葉遊びみたいな……。なんでそんなにこの喫茶店に来たいんですか」

「なんでって……」


 そう言われるとよくわからない。おじさんが優しいから。ここのコーヒーとショートケーキが美味しいから。
 あとは……


「……さぁ。なんでだと思う? 当たったら私のケーキ一口あげるよ!」

「いらない」


 そんな冗談を言っている時に、おじさんがコーヒーとケーキをテーブルに置いた。


「おぉ! 今日のケーキはモンブランか!」


 茶色くて細い糸状のクリームが繊細で心地がいい。


「そうだよ、召し上がれ。一ノ瀬くん、君にはホットチョコレートをあげるよ。店長様の奢りね」

「……ありがとうございます」


 雇い主のくれるものはやっぱり断れないらしい。


「いただきまーす! 美味しー!」

「……そんなに?」

「君も食べる? 一口くらいならあげるよ!」

「いらない」


 どうして私のあげる物は受け取ってくれないのだろう。贔屓だ。
 一ノ瀬くん、差別は良くないよ。


「バイト中だけど、まるで二人ともデートしてるみたいだね」


 おじさんの言った冗談に、私たちは少しだけ固まった。
 情報処理が追いつかない。


「「…………」」 


 お互いに目を合わせて黙り込んでしまった。めちゃくちゃ気まずい。


(えーっと、何か言わないと。いつもの笑顔で何か……)


 少々パニックになりながら、無理やり口角を上げて一ノ瀬くんに笑いかけた。


「あははは! デート中みたいだって! 恋人っぽいこともしてみる? あーんしたげよっか!」

「いらない」


 あぁ、よかった。いつもの調子を取り戻せた。

 お会計をするとき、雑に三百円を手に叩きつけられたのはまた別のお話。