本日より、弊社社長と疑似子育て始めます


どうぞ、と言われてすんなり呼べるのなら、こんなにも困っていない。野々花は眉尻を下げた。学生時代にも男友達はいたけれど、名前で呼ぶような親しい相手はいなかった。会社で親しくしている男性の同僚といえば同じチームの三柴だが、彼のことだって下の名前で呼ぶことはない。

異性に対する免疫が限りなく低く、名前を呼ぶだけでも慣れなくてそわそわしてしまうのだが、一哉だっていい年をした女がこんな些細なことを意識しているとは思いもしないだろう。

(プライベートな時間まで『社長』と呼ばれるのは肩が凝るのかもしれない……)

それならば、いっそ思い切って呼んでしまえばいい。こういうのは変に照れた方がおかしな雰囲気になる。たかが名前だ、その人を表す記号に過ぎない。役職で呼ぼうと下の名前で呼ぼうと、関係性は変わらないのだ。

そう自分に言い聞かせ、なるべく自然体を装って彼の名を呼んでみる。

「い、一哉、さん……?」

ちらりと上目遣いに一哉を見上げたものの、野々花はすぐに視線を外した。

(……っダメだ! やっぱり慣れなさすぎて変な感じがする……!)

一哉とは社内で何度も顔を合わせ、会話もしたことがある。けれど異性として意識したことはなく、あくまでも彼は〝社長〟という雲の上の存在としてカテゴライズされていたし、これからもその認識は変わらないはずだ。