純粋な優しさとも、年長者の頼もしさとも違う、劣情を含んだようなとろりとした甘さがある。自意識過剰だと何度自分に言い聞かせても彼の視線に捕まり、たびたび息が苦しくなる感覚に襲われた。
野々花の母や会社には『結婚前提の恋人』と話しているけれど、それは偽りの関係。実際に想い合っているわけではない。甘やかす権利がほしいとか、守りたいとか、そういう思わせぶりな発言はあれど、なにか決定的な言葉を口にしたことは一度もなかった。
野々花の家族に紹介してもらいたいような口ぶりに、先日の母との会話が思い浮かぶ。
『どうか、娘を大切にしてやってください』
『もちろんです。また改めて、そちらにご挨拶に伺わせてください』
そんな日は永遠に来ないと思っていたけれど、彼はそうは思っていないということだろうか。
(でも普通〝会社の上司〟を家族に紹介しないよね? じゃあ、どういう……)
脳裏に浮かんだのは、スーツを着て野々花の家族に頭を下げる一哉の姿。それはまるで結婚の挨拶のようで、慌てて思考を振り払った。



