お昼寝の後、和花は忽然と姿を消したと言う。その時間帯はちょうど、給食の食材の搬入があったから裏門の施錠がされていなかったらしい。今は園の職員さんたちが必死に周辺を探している最中だという。
「警察には?」
『お母様にお伝えしてからと思いまして、まだ』
園も大ごとにしたくないだろう。和花はしっかりとした子だ。保育園を抜け出すことが悪いことだと分かっている。だからきっとすぐ見つかる。そんな願いを込めて、
「これからそちらへ向かいます」
電話を切った。
課長へは「娘が熱を出したので迎えに行きます」と伝えた。心配をかけたくなかった。杉崎さんも、「お大事に」と言ってくれる。
「早退になりすみません、後はよろしくお願いします」
必要なことを申し送り、私は職場を出る。車に乗り込みエンジンをかける。ハンドルを握る手が震えていた。
保育園に着くと、園長室へと通される。電話で聞いた内容に似た説明と謝罪をされる。担任の遠藤先生と副園長先生がこの付近を探してくれているという。
「本当に申し訳ございません。日中も特に変わらなく過ごしていたようですし、離園する素振りなんて一度も……」
「最近は少し反抗的な所はありますが、保育園を抜け出すなんて考えられないです。まさか誘拐とか?」「私どももそう思って監視カメラを見返してみたんです」
和花は裏口からひとりで出ていったという。不審な人物は写っていなかったそうだ。
「のんちゃんが行きそんなところはありませんか?」
そう聞かれて思い浮かぶ所は二つしかない。
「……自宅か、祖父母の家くらいしか」
「なるほど、お母さんはそちらを確認していただけませんか?」
「わかりました」
急いで保育園を出る。
(のんちゃん、どこ行っちゃったの?)
ひとりきりになると最悪な事ばかりを考えてしまう。事故とか事件に巻き込まれていませんように。
まずは園から近い実家へ向かう。ちょうど母が近所の人と立ち話をしていた。私に気付くと「どうしたの?」と不思議そうな顔をする。
母の反応を見て和花はここにはいないのだと悟った。
運転席の窓を開け、「これからのんのお迎え」と嘘をついて通り過ぎる。次は自宅アパートだ。五分ほど車を走らせる。
娘は家の鍵を持っていないから、中へは入れない。両隣のお宅も日中は仕事で不在だ。
玄関前に車を止め、周囲を探す。
「のんちゃーん! 出ておいでー!」
コンビニにも、公園にも和花の姿はない。叫びながら走ったからか息が上がっている。喉の奥がひりつく。その時ふと、違和感に気付く。玄関脇に停めてある娘の水色の自転車あったっけ?と。
急いでアパートへ戻る。
「ない……」
最近補助輪が外れて、行動範囲が少し広がった。実家まで行ったこともある。でも、まだひとりで行ってはダメだと言って聞かせた。でも和花はこれに乗ってどこかに行ったのだ。どこへ?
『ママが連れていってくれないなら、のんひとりで行ってもいい?』
ハッとして、私はスマホを取り出す。そして電話帳アプリを開く。和花に何かがあったら掛けてもいいと言ってくれた。今がその時だ。震える手で画面をタップする。五コール目で電話は繋がった。
『もしもし、亜子?』
大和の穏やかな声が耳に届いて、それだけでホッとして泣いてしまいそうになる。
「大和、仕事中にごめんね。実はのんちゃんがいなくなってしまって……」
取り止めのない私の話を聞いてくれて、落ち着くように言ってくれる。
『のんちゃんがここに来るかもしれないって?』
「うん、ずっと大和に会いたがっていたし……でも、迷惑だよね。仕事忙しいだろうし。決して探して欲しいってことじゃないの。でもね、もし病院で見かけたら連絡もらえたらありがたいかな。ごめんね、こんなお願いして本当にごめんなさい」
和花には頑なに会わせなかったクセに頼ってしまった後ろめたさがあった。いい訳めいた話を早口で捲し立てる。すると、
『なに言ってんだ! いますぐ探しに行くに決まってんだろ‼︎』
ピシャリ、と大和は言う。
『だから、落ち着いて亜子。のんちゃんはきっと大丈夫。あの子は賢いこだから、そうだろ?』
まるで、背中を優しく撫でてくれているようなそんな口調にようやく手の震えが止まる。
「うん、そうだね……ありがとう、大和。私、どうしたらいいかわからなくなってて……」
『亜子は家にいて、のんちゃんが帰ってくるかもしれないでしょ? 後は俺に任せて』
「わかった……よろしくお願いします」
電話を切ると車を駐車場に置いて、玄関先にしゃがみ込む。和花が帰ってきたら真っ先に出迎えてあげられるように。
一分一秒がとてつもなく長く感じた。ただ、祈ることしかできない自分に苛立ちすら感じはじめる。救急車のサイレンを聞くたびに、胸が抉られるほど苦しい。

