ちょっと天然の女子はきらきらでピカピカになる

 確かに、お姉ちゃんは、すごく頭のいい人なんです。
 だから、私立の文武学院にも高校から入学できたわけで。

 文武学院は、中高一貫校で、だいたいの人は、中学から入学するんですけど、高校からもごく少数の入学者を募集しているんです。
 でも、高校から入るのは、中学から入るよりも、ずっと難しいんです。
 シズク中学の校長先生も「きっと、僕が受けても、受からないね」と言っていました。
 私は、校長先生が、お姉ちゃんよりもバカなのを知って、驚きもし、やっぱりお姉ちゃんはすごいんだぁと、うれしくもなりました。

 校長先生よりも頭のいいお姉ちゃんは、ウチがお金持ちでないのもちゃんとわかっていますから、家計のことを考えて、高校から受験したんです。
 私なら、家計を考えても、考えなくても、校長先生くらいの年になっても、文武学院に落ちます、きっと。

「アユも、頭、いいわよ」
 お母さんがやさしい声で言いました。

 おそらく、お母さんは、優秀な姉と比較されて、私が落ちこんだり、ぐれたりしないように、言ってくれているのでしょう。
 でも、平気です。
 私は、お姉ちゃんのすごさを、すなおに認めていますから。

 私は、落ち込んで、ぐれて、コンビニの前で、タバコを吸ったり、酒を飲んだり、うんこ座りしたりしません。

「ありがと。私には、これがあるから、大丈夫! ジャーン!」
 
 私は、笑顔で、水着のフグを両手で掲げました。

「お母さん。このフグ、かわいいよね?」

「うん、かわいいわ」

 お母さん、フグを気に入っているんです。
 だから、選んで、付けたわけで。

 とにかく、フグを笑うのは、お姉ちゃんだけです。

「ねえ、お母さん。世の中には、勉強ができて意地悪な人もいれば、勉強ができなくて意地悪な人もいるでしょう?」

「いるわね」

「私、どっちも、嫌い」

「お母さんも、意地悪な人は嫌よ」

「勉強ができて思いやりのある人か、勉強ができなくても思いやりのある人が、私は好き」

 お母さんは黙って、にこにこしていました。

「お姉ちゃんは、すごく勉強ができるじゃない? だから、私、お姉ちゃんには、すごく頭がよくて思いやりのある大人の女性になってほしいの。すごく頭がよくて意地悪な大人の女性にはなってほしくないの」

「アユは、どんな大人の女性になるの?」

「私は、泳ぐのがすごくじょうずな、思いやりのある女性かな」

「頭もよくて、泳ぐのもすごくじょうずな、思いやりのある女性になればいいでしょう」

「お姉ちゃんみたいな頭なら、そう言ってもいいけどね。でも、お姉ちゃんだって、私みたいには泳げないんだし、ちょうどいいでしょ?」

「何でも、がんばっていれば、いつか、必ずできるようになるものよ」

「いつかって、いつ?」

「それは、誰にもわからないわ。だから、がんばり続けられる人は、偉いの。できるって保証もないのに、あきらめないで、がんばれるんだから」

「私が勉強をがんばっても、できなかったら?」

「がんばり続けているかぎり、できないっていう終わりはないの」

「私、おばあちゃんになっちゃうかも」

「いいのよ、それで」

「じゃあ、私は、勉強ができて、泳ぐのもすごくじょうずで、思いやりもあるおばあちゃんを目指そうかなあ」

「いいんじゃない」

「でも、できたら、二十九くらいまでには、なれたらいいなあ」
 
 私が伸びをしながら言うと、お母さんは声をあげて笑いました。

「大丈夫よ。アユが本当にがんばっていれば、アユが自分では、だめな、できない人間だと思っていても、まわりは、アユをすごい人間だって認めてくれるから」

「ホントに?」

「ええ。本気でがんばっている人、努力している人って、とても魅力的なのよ」

 魅力的という言葉に、私は惹かれました。
 それって、リクちゃんの言う「かっこいい」と通じるものがあるのではないでしょうか。

「私、魅力的な大人の女性を目指す!」

「いいわね。お母さん、ずっと応援してるわ」

「ありがと!」

 お母さんがずっと応援してくれるなら、私はずっとがんばっていけそうな気がしました。
 勇気が湧いてきます。
 
 と、ゼンマイ式の柱時計が、一回、鐘を鳴らしました。
 お姉ちゃんが電波時計への交換を主張している古時計です。
 ちなみに、踏み台に乗って、ゼンマイを巻くのは、小学一年生の時からずっと私の役目です。

「お姉ちゃんはね、すごいお金持ちになるつもりらしいよ、そのうち」

「そうなの?」

「うん。そのうちね。それで、この家を高層タワーマンションに建てかえるって」

「高層タワーマンション?」

 お母さんは、目を丸くしました。

 どうやら、お姉ちゃんはこの計画を、お母さんには内緒にしているようです。

「そう。高層タワーマンション。エレベーターだよね。私はエスカレーターのほうが好きなんだけど」

「人に貸すつもりなのかしら」

「ああ……。そうだね」

 確かに、私たちは、四人家族ですから、高層タワーマンションでは、部屋があまってしまいます。
 私はそのへんのところについては、考えをめぐらせていませんでした。
 なにしろ、文化財なんたからかんたらで、工事なんてできないと、はなから思っていましたから。
 でも、専業主婦のお母さんは、家計簿をきちんとつけて、ウチの家計をやりくりしているので、高層タワーマンションの部屋数や家賃収入についても、すぐに考えがおよんだのでしょう。
 さすがです。

「私、今思ったんだけど、お姉ちゃん、すごいお金持ちになったら、村長さんにワイロを送って、ウチの文化財なんたらかんたらを取り消しにしてもらう気なんじゃないかしら。でも、そうしたら、お姉ちゃん、逮捕されちゃうでしょう?」

「アユはおもしろいわね」

「おもしろくないよ。お姉ちゃん、すごく頭のいい悪い人になって、それで、そのうち、すごいお金持ちになったら、ワイロとかも平気でやっちゃいそうだよ」

「コウは、そんなことしないわよ」

 お母さんは、私が手にしている水着のフグのおなかを撫でてから、微笑みました。

「アユも、コウも、すごいお金持ちになってくれるより、やさしい、魅力的な大人の女性になってくれたほうが、お母さん、うれしいわ」

 私は、大きくうなずきました。

「わかった!」

「じゃあ、チェリー川で泳いでらっしゃい」

 お母さんは笑顔で、私の左の肩に、手をあてました。

「はーい!」

 私は、飛び上がるようにして、立ち上がりました。