それからまたついでに言っておくと、お姉ちゃんは、私たちのかやぶき屋根の家をあまり良く思っていません。
古くさくて、ダサイんだそうです。
お姉ちゃんのお気に入りは、リバーサイドの高層タワーマンションなんです。
以前、お姉ちゃんは、「この家、私が建てかえちゃうから」と屋根裏部屋の天井のはりを見上げながら言ったことがあります。「そのうちね。すごいお金持ちになったらね」と。
でも、お姉ちゃんが、そのうち、すごいお金持ちになっても、かやぶき屋根の家を、高層タワーマンションに建てかえることは無理だって、私、わかっています。
なぜなら、この家は、シズク村の文化財なんたらかんたらに指定されているからです。
建てかえどころか、リフォームだって勝手にすることは許されていないんです。
お姉ちゃんだって、本当はそのことを知っています。
それなのに、代々受け継がれてきたすてきな家を高層タワーマンションに建てかえるなんて、ばちあたりで、法令違反のことを口にするんです。
きっと、スマホを買ってもらって、ネットの世界にどっぷり浸かって、薬も毒にしてしまったせいでしょう。
水着のかわいいフグを大笑いするのも、スマホに毒された女になったからです。
フグは、ブーッとふくれても、ふくれなくても、とってもかわいいのにー!
「お姉ちゃん、スマホ、買ってもらってから、変わったよね」
私は、ちょっとあごをあげ、首をかしげて言ってやりました。
これは、挑発的なポーズです、たぶん。
「世界が広がったのよ」
お姉ちゃんは寝ころんだまま、鼻で笑います。
「いくら世界が広がっても、思いやりのない、やさしくない人はだめよね」
「生意気な!」
お姉ちゃんはそう言うと、がばりと起き上がりました。
スマホをテーブルの上にそーっと置きます。
そうして、私の背後にすばやくまわってきました。
と思うまもなく、お姉ちゃんの左足が私の左足にまきついてきて、お姉ちゃんと私は肩を組むような格好になりました。
いえ、違います!
私の体は左のほうに少し折れた不自然な形で動けなくなり、お姉ちゃんは、私の顔の前で、自分の左右の手を組み合わせました。
「何、これ!」
「コブラツイスト!」
新しい技です!
お姉ちゃんは、確かに世界を広げていましたー!
「やだ! やめて! 痛い! 痛い!」
「ギブ? ギブアップ?」
「ギブ! ギブ!」
「だめ、だめ、もう少し、粘りなさい!」
「無理! 無理! ギブアップー!」
お姉ちゃんは、私の顔の前で組んでいた手をゆっくりと離し、私の体を解放しました。
私は、へなへなと座りこみました。
……。
畳の上で、私が手放した水着のフグがこちらを見ています。
かわいいフグちゃん……。
私は、座ったまま、手を伸ばし、水着を引き寄せると、お姉ちゃんに言いました。
「これって、妹ギャクタイよね」
お姉ちゃんは答えません。
すました顔で、さっき寝ころんでいた所に腰をおろし、またスマホをいじります。
「ねえ! これって、妹ギャクタイでしょ!」
「違う。コブラツイスト」
もーっ!
頭にきます!
「コブラなんとかって、ギャクタイじゃない!」
「ううん」
お姉ちゃんは、ちらと私を見て、すぐにまたスマホに目を落とします。
「天誅よ」
「なに、テンチュウって」
「天からのバツ」
「えーっ! お姉ちゃんは、天なの?」
私は、思いきり、唇をとがらせてやりました。
でも、お姉ちゃんは、せっかくの私の唇をとがらせた顔を見てくれません。
見るのは、スマホばかりです。
私は、お姉ちゃんの唇の片方が上がるのだって、ちゃんと見てあげるのにー!
そこへお母さんがやってきました。
「あなたたち、何、騒いでるの」
私は唇をとがらせていたのをやめて、お母さんに訴えました。
「お姉ちゃんがコブラなんとかで、私をギャクタイしたの」
「なに、コブラなんとかって」
「コブラツイストよ」
お姉ちゃんが涼しい顔で答えました。
「まあっ! それって、プロレス技じゃない」
お姉ちゃんは、自分の立場が悪くなりそうな気配を察したのでしょう、さっと立ち上がると、スマホを手に、外廊下から庭へとでていってしまいました。
「ねえ、お母さん、コブラなんとかより、強い技、知ってる?」
「知らないわよ」
お母さんは、私の前に座りながら言いました。
「アユが怪我しても、コウが怪我しても、お母さんもお父さんも泣いちゃうわ。アユの体も、コウの体も、とっても大事なのよ」
「私、さっき、コブラなんとかで、怪我したら大変だった」
「そうね。コウには、ちゃんと、お母さんが後で話しておくから」
「厳しくね」
「お母さんも、お父さんも、自分の体より、アユとコウの体のほうが大事なの。それは、どこのお父さん、お母さんも、同じなのよ。だから、相手が誰であっても、プロレス技なんてかけちゃいけないの」
「私、プロレス技、知らないし」
「たたいたりしてもだめ」
「私、たたいたりしないもん」
「そうね」
お母さんは、私の左の二の腕のあたりをそっと撫でてくれました。
私が猫だったら、きっと喉をゴロゴロ鳴らしたと思います。
「あと、自分で自分の体を大事にしてね。お母さんのお願い」
「うん。お姉ちゃんにも言ってね。私の体を大事にしなさいって」
「言うわ」
「それと、今度、妹をギャクタイしたら、なんとかセンターに連絡するって」
お母さんは小さく笑いました。
「気をつけて。お姉ちゃん、スマホで世界が広がったなんて、かんちがいして、自己中になってるから」
「アユも、コウも、自分の頭でちゃんと考えられるから、大丈夫でしょう」
「お姉ちゃん、頭はいいからね。泳ぎは、私に負けるけど」
お母さんは、にっこりして、うなずきました。
古くさくて、ダサイんだそうです。
お姉ちゃんのお気に入りは、リバーサイドの高層タワーマンションなんです。
以前、お姉ちゃんは、「この家、私が建てかえちゃうから」と屋根裏部屋の天井のはりを見上げながら言ったことがあります。「そのうちね。すごいお金持ちになったらね」と。
でも、お姉ちゃんが、そのうち、すごいお金持ちになっても、かやぶき屋根の家を、高層タワーマンションに建てかえることは無理だって、私、わかっています。
なぜなら、この家は、シズク村の文化財なんたらかんたらに指定されているからです。
建てかえどころか、リフォームだって勝手にすることは許されていないんです。
お姉ちゃんだって、本当はそのことを知っています。
それなのに、代々受け継がれてきたすてきな家を高層タワーマンションに建てかえるなんて、ばちあたりで、法令違反のことを口にするんです。
きっと、スマホを買ってもらって、ネットの世界にどっぷり浸かって、薬も毒にしてしまったせいでしょう。
水着のかわいいフグを大笑いするのも、スマホに毒された女になったからです。
フグは、ブーッとふくれても、ふくれなくても、とってもかわいいのにー!
「お姉ちゃん、スマホ、買ってもらってから、変わったよね」
私は、ちょっとあごをあげ、首をかしげて言ってやりました。
これは、挑発的なポーズです、たぶん。
「世界が広がったのよ」
お姉ちゃんは寝ころんだまま、鼻で笑います。
「いくら世界が広がっても、思いやりのない、やさしくない人はだめよね」
「生意気な!」
お姉ちゃんはそう言うと、がばりと起き上がりました。
スマホをテーブルの上にそーっと置きます。
そうして、私の背後にすばやくまわってきました。
と思うまもなく、お姉ちゃんの左足が私の左足にまきついてきて、お姉ちゃんと私は肩を組むような格好になりました。
いえ、違います!
私の体は左のほうに少し折れた不自然な形で動けなくなり、お姉ちゃんは、私の顔の前で、自分の左右の手を組み合わせました。
「何、これ!」
「コブラツイスト!」
新しい技です!
お姉ちゃんは、確かに世界を広げていましたー!
「やだ! やめて! 痛い! 痛い!」
「ギブ? ギブアップ?」
「ギブ! ギブ!」
「だめ、だめ、もう少し、粘りなさい!」
「無理! 無理! ギブアップー!」
お姉ちゃんは、私の顔の前で組んでいた手をゆっくりと離し、私の体を解放しました。
私は、へなへなと座りこみました。
……。
畳の上で、私が手放した水着のフグがこちらを見ています。
かわいいフグちゃん……。
私は、座ったまま、手を伸ばし、水着を引き寄せると、お姉ちゃんに言いました。
「これって、妹ギャクタイよね」
お姉ちゃんは答えません。
すました顔で、さっき寝ころんでいた所に腰をおろし、またスマホをいじります。
「ねえ! これって、妹ギャクタイでしょ!」
「違う。コブラツイスト」
もーっ!
頭にきます!
「コブラなんとかって、ギャクタイじゃない!」
「ううん」
お姉ちゃんは、ちらと私を見て、すぐにまたスマホに目を落とします。
「天誅よ」
「なに、テンチュウって」
「天からのバツ」
「えーっ! お姉ちゃんは、天なの?」
私は、思いきり、唇をとがらせてやりました。
でも、お姉ちゃんは、せっかくの私の唇をとがらせた顔を見てくれません。
見るのは、スマホばかりです。
私は、お姉ちゃんの唇の片方が上がるのだって、ちゃんと見てあげるのにー!
そこへお母さんがやってきました。
「あなたたち、何、騒いでるの」
私は唇をとがらせていたのをやめて、お母さんに訴えました。
「お姉ちゃんがコブラなんとかで、私をギャクタイしたの」
「なに、コブラなんとかって」
「コブラツイストよ」
お姉ちゃんが涼しい顔で答えました。
「まあっ! それって、プロレス技じゃない」
お姉ちゃんは、自分の立場が悪くなりそうな気配を察したのでしょう、さっと立ち上がると、スマホを手に、外廊下から庭へとでていってしまいました。
「ねえ、お母さん、コブラなんとかより、強い技、知ってる?」
「知らないわよ」
お母さんは、私の前に座りながら言いました。
「アユが怪我しても、コウが怪我しても、お母さんもお父さんも泣いちゃうわ。アユの体も、コウの体も、とっても大事なのよ」
「私、さっき、コブラなんとかで、怪我したら大変だった」
「そうね。コウには、ちゃんと、お母さんが後で話しておくから」
「厳しくね」
「お母さんも、お父さんも、自分の体より、アユとコウの体のほうが大事なの。それは、どこのお父さん、お母さんも、同じなのよ。だから、相手が誰であっても、プロレス技なんてかけちゃいけないの」
「私、プロレス技、知らないし」
「たたいたりしてもだめ」
「私、たたいたりしないもん」
「そうね」
お母さんは、私の左の二の腕のあたりをそっと撫でてくれました。
私が猫だったら、きっと喉をゴロゴロ鳴らしたと思います。
「あと、自分で自分の体を大事にしてね。お母さんのお願い」
「うん。お姉ちゃんにも言ってね。私の体を大事にしなさいって」
「言うわ」
「それと、今度、妹をギャクタイしたら、なんとかセンターに連絡するって」
お母さんは小さく笑いました。
「気をつけて。お姉ちゃん、スマホで世界が広がったなんて、かんちがいして、自己中になってるから」
「アユも、コウも、自分の頭でちゃんと考えられるから、大丈夫でしょう」
「お姉ちゃん、頭はいいからね。泳ぎは、私に負けるけど」
お母さんは、にっこりして、うなずきました。
