今日も、気持ちよく晴れました。
南の向こうに雲がほんのちょこっとあるだけで、青い空が広がっています。
私は、お母さんに直してもらった水着を手に、ルンルン気分で、茶の間を通り、脱衣所に入ろうとしました。
「アユ。あなた、泳いでばかりで、もっと世界を広げないと、バカな大人になっちゃうよ」
お姉ちゃんです。
オレンジ色のポロシャツを着て、茶の間に寝ころび、スマホをいじっています。
お姉ちゃんは、自分の世界を広げるのに必要だからと言って、高校入学の時に、スマホを買ってもらいました。
それから、お姉ちゃんは、あまり私をかまってくれなくなりました。
ついこの間、「アユ! アユ!」と呼ばれたので、うれしくて飛んでいったら、「炎上してて、おもしろいから」とスマホの画面を見せられました。
すると、そこは、悪口のオンパレード。
クズとか、死ねとか、殺すとかいう言葉が、たくさんありました。
私は、それを見て、気持ちが悪くなってしまいました。
本当に、吐きそうになったんです。
オェーッ、オロロローって。
あんなのの、いったいどこがおもしろいというのでしょう。
お姉ちゃんの言う、広がった世界というものが、私には、全然、理解できません。
私なんて、お姉ちゃんが私立の学校に通えるように、無駄遣いもしないようにしているというのに。
まったく、妹の心、姉知らずです。
私のお姉ちゃん、コウといいます。
泳ぎでは、私に、けちょんけちょんに負けます。
でも、勉強だと、私が、けちょんけちょんに負けます。
お姉ちゃんは、私立文武学院の高等科一年生です。
文武学院は、文武両道でその名を知られた人気校で、全国から生徒が集まってきます。
冷暖房完備の学生寮があるんです。
もちろん、体育館やプールもあります。
柔剣道場も、弓道場もあって、土俵に、ホール、レストラン、職員用の核シェルターまであります。
卒業生は、ハーバード大学の教授になる人もいれば、大相撲の力士になる人もいるそうです。
私は、それを初めて聞いた時、横綱が、ハーバード大学の教授をするのかと思いました。
だって、文武両道だし。
「アユは、スマホ、ほしくないの?」
お姉ちゃんはスマホを見ながら言います。
「ほしくない」
私、やせ我慢でも何でもなく、本当に、スマホに興味ないんです。
だって、学校にいたら、スマホはいじれないし、外に遊びに行ったら、やっぱりスマホはいじりません。
家にいる時だって、お父さんやお母さんやお姉ちゃんと話をしたり、マンガを読んで笑ったりするので、スマホはいじりません。
どう考えても、私には、スマホ、必要ないんです。
「うそとか、悪口とかの世界、私、嫌だし」
「現実の世界だって、それは同じよ。アユは、ネットの世界に偏見を持ってるのよね」
「ヘンケンって?」
「かたよったものの見方。要するに、バカってこと」
……。
私は、カチンときました。
でも、お姉ちゃんのほうが、頭がいいのは確かなので、ヘンケン持ちで、バカな私は怒るのは我慢しました。
……。
でも、やっぱり少し悔しいので、できるだけ平然と言ってやることにしました。
「そうやって、すぐに、バカって言って、お姉ちゃん、ネットに毒されてるね」
「使う人間次第で、ネットは、毒にも薬にもなるのよ」
「お姉ちゃん、バカだぁ。毒と薬は、全然、違うじゃない」
私は、思わず笑ってしまいました。
すると、お姉ちゃんは、私に目を向け、唇の片方を器用にあげて、にやりとしました。
うわっ!
やった!
唇の片方をあげての、にやり!
それ、できるようになりたいって、私、秘かに思っているんです。
鏡の前でやってみるんですけど、私には、できないんです。
「アユにはスマホの良さがわからないのよ」
「スマホが便利なのは知ってるよ。でも、私、学校に行ったり、チェリー川に行ったりしてたら、スマホ、べつにいらないもん」
「誘拐されたときも、便利なのよ。どこにいるかわかるから」
「私、誘拐なんてされないし」
「ウチで誘拐されるとしたら、アユよ」
「どうして?」
「そんな水着、平気で着られるから」
お姉ちゃんは、両足をばたばたさせて大笑いします。
……。
私はお姉ちゃんを横目に、手にしていた水着を広げました。
お尻の真ん中、尾てい骨の所に、大きなかわいいフグがいます。
お母さんが昨日、わざわざ、隣の南市の百貨店で買ってきて、穴をかくすのに付けてくれたんです。
━━オリジナリティあふれた水着になって、いいわぁ━━。
お母さんは言ってくれました。
私はとっても満足していたんです。
それを両足ばたばたさせて笑うなんて!
お姉ちゃんは、文武学院に通って、スマホでネットの毒も薬も吸収して、世界をどんどん広げて、頭もどんどんよくなっていくのかもしれません。
でも、それと一緒に性格はどんどんどんどん悪くなっていくようです。
フグの水着を大笑いして、妹を誘拐させようとしてるし!
……、よーし、それなら!
━━
誘拐犯へ
私の家はチェリー川の遊泳場のすぐ近くです。
黄色いかやぶき屋根の、目立つ家です。
平屋建てで、二階建てではありません。
でも、屋根裏部屋が二つあります。
東側の部屋がお姉ちゃん、コウの部屋です。
西が私の部屋です。
誘拐するなら、東の部屋の子です。
お姉ちゃんも私も寝つきがよくて、眠りも深くって、一度眠ったら、まず朝まで起きませんから、間違えないでください。
東です。
東の部屋。
東。
東。
━━
ついでに言っておくと、私の部屋の窓の向こうには、田んぼが広がっています。
冬に霜がおりれば、水墨画のようになります。
春、水が張られると、海みたいになります。
夏には稲が伸びて、風が吹けば、緑の波が揺れます。
秋の夕日を浴びた黄金色の稲の波も、私は好きです。
南の向こうに雲がほんのちょこっとあるだけで、青い空が広がっています。
私は、お母さんに直してもらった水着を手に、ルンルン気分で、茶の間を通り、脱衣所に入ろうとしました。
「アユ。あなた、泳いでばかりで、もっと世界を広げないと、バカな大人になっちゃうよ」
お姉ちゃんです。
オレンジ色のポロシャツを着て、茶の間に寝ころび、スマホをいじっています。
お姉ちゃんは、自分の世界を広げるのに必要だからと言って、高校入学の時に、スマホを買ってもらいました。
それから、お姉ちゃんは、あまり私をかまってくれなくなりました。
ついこの間、「アユ! アユ!」と呼ばれたので、うれしくて飛んでいったら、「炎上してて、おもしろいから」とスマホの画面を見せられました。
すると、そこは、悪口のオンパレード。
クズとか、死ねとか、殺すとかいう言葉が、たくさんありました。
私は、それを見て、気持ちが悪くなってしまいました。
本当に、吐きそうになったんです。
オェーッ、オロロローって。
あんなのの、いったいどこがおもしろいというのでしょう。
お姉ちゃんの言う、広がった世界というものが、私には、全然、理解できません。
私なんて、お姉ちゃんが私立の学校に通えるように、無駄遣いもしないようにしているというのに。
まったく、妹の心、姉知らずです。
私のお姉ちゃん、コウといいます。
泳ぎでは、私に、けちょんけちょんに負けます。
でも、勉強だと、私が、けちょんけちょんに負けます。
お姉ちゃんは、私立文武学院の高等科一年生です。
文武学院は、文武両道でその名を知られた人気校で、全国から生徒が集まってきます。
冷暖房完備の学生寮があるんです。
もちろん、体育館やプールもあります。
柔剣道場も、弓道場もあって、土俵に、ホール、レストラン、職員用の核シェルターまであります。
卒業生は、ハーバード大学の教授になる人もいれば、大相撲の力士になる人もいるそうです。
私は、それを初めて聞いた時、横綱が、ハーバード大学の教授をするのかと思いました。
だって、文武両道だし。
「アユは、スマホ、ほしくないの?」
お姉ちゃんはスマホを見ながら言います。
「ほしくない」
私、やせ我慢でも何でもなく、本当に、スマホに興味ないんです。
だって、学校にいたら、スマホはいじれないし、外に遊びに行ったら、やっぱりスマホはいじりません。
家にいる時だって、お父さんやお母さんやお姉ちゃんと話をしたり、マンガを読んで笑ったりするので、スマホはいじりません。
どう考えても、私には、スマホ、必要ないんです。
「うそとか、悪口とかの世界、私、嫌だし」
「現実の世界だって、それは同じよ。アユは、ネットの世界に偏見を持ってるのよね」
「ヘンケンって?」
「かたよったものの見方。要するに、バカってこと」
……。
私は、カチンときました。
でも、お姉ちゃんのほうが、頭がいいのは確かなので、ヘンケン持ちで、バカな私は怒るのは我慢しました。
……。
でも、やっぱり少し悔しいので、できるだけ平然と言ってやることにしました。
「そうやって、すぐに、バカって言って、お姉ちゃん、ネットに毒されてるね」
「使う人間次第で、ネットは、毒にも薬にもなるのよ」
「お姉ちゃん、バカだぁ。毒と薬は、全然、違うじゃない」
私は、思わず笑ってしまいました。
すると、お姉ちゃんは、私に目を向け、唇の片方を器用にあげて、にやりとしました。
うわっ!
やった!
唇の片方をあげての、にやり!
それ、できるようになりたいって、私、秘かに思っているんです。
鏡の前でやってみるんですけど、私には、できないんです。
「アユにはスマホの良さがわからないのよ」
「スマホが便利なのは知ってるよ。でも、私、学校に行ったり、チェリー川に行ったりしてたら、スマホ、べつにいらないもん」
「誘拐されたときも、便利なのよ。どこにいるかわかるから」
「私、誘拐なんてされないし」
「ウチで誘拐されるとしたら、アユよ」
「どうして?」
「そんな水着、平気で着られるから」
お姉ちゃんは、両足をばたばたさせて大笑いします。
……。
私はお姉ちゃんを横目に、手にしていた水着を広げました。
お尻の真ん中、尾てい骨の所に、大きなかわいいフグがいます。
お母さんが昨日、わざわざ、隣の南市の百貨店で買ってきて、穴をかくすのに付けてくれたんです。
━━オリジナリティあふれた水着になって、いいわぁ━━。
お母さんは言ってくれました。
私はとっても満足していたんです。
それを両足ばたばたさせて笑うなんて!
お姉ちゃんは、文武学院に通って、スマホでネットの毒も薬も吸収して、世界をどんどん広げて、頭もどんどんよくなっていくのかもしれません。
でも、それと一緒に性格はどんどんどんどん悪くなっていくようです。
フグの水着を大笑いして、妹を誘拐させようとしてるし!
……、よーし、それなら!
━━
誘拐犯へ
私の家はチェリー川の遊泳場のすぐ近くです。
黄色いかやぶき屋根の、目立つ家です。
平屋建てで、二階建てではありません。
でも、屋根裏部屋が二つあります。
東側の部屋がお姉ちゃん、コウの部屋です。
西が私の部屋です。
誘拐するなら、東の部屋の子です。
お姉ちゃんも私も寝つきがよくて、眠りも深くって、一度眠ったら、まず朝まで起きませんから、間違えないでください。
東です。
東の部屋。
東。
東。
━━
ついでに言っておくと、私の部屋の窓の向こうには、田んぼが広がっています。
冬に霜がおりれば、水墨画のようになります。
春、水が張られると、海みたいになります。
夏には稲が伸びて、風が吹けば、緑の波が揺れます。
秋の夕日を浴びた黄金色の稲の波も、私は好きです。
