ちょっと天然の女子はきらきらでピカピカになる

 流れに逆らう水しぶき。

「すげー!」
 リクちゃんが声をあげました。

 私は、水しぶきをあげる主が誰か、すぐにわかりました。

 お父さんです。

 今頃の時間、川下から、流れに逆らって、泳いでくる人なんて、お父さん以外にいません。
 今日は通常の日勤で、行きはバスでしたけれど、帰りは「泳ぎ」にしたのでしょう。

 でも、いつもの泳ぎとは違っていました。
 まるで、何かを懸命に追うような、何かから必死で逃げるような。

 本当に、すげースピードです。

 どうしたのかしら……。
 
 と、お父さんの横合いから、小さな水しぶきがあがりました。
 
 私とリクちゃんは、同時に、「あーっ!」と声をあげました。

 きらきら光る水しぶきの中から、犬のような生き物が飛びだしたんです。

 お父さんの斜め前方を行きます。

「デッカだ!」
 リクちゃんが叫びました。

 そう! 
 チッチャこと、デッカです! 

 あれ? 
 デッカこと、チッチャ?

「レースしてるんだ」

 確かに、お父さんとデッカは競争しているようです。

 お父さんが、デッカに並びました。

 そして、ほんの少し、前にでます。

 と、デッカがまたすぐに抜き返しました。

 デッドヒートです。

 二人は、正面の畳石を目指して泳いでいるんでしょうか。
 
 あそこがゴール? 

 とにかく、すごい泳ぎです! 

 と、デッカがさらにスピードをあげました。

 お父さんを後方に追いやります。

 二人の差がかなり広がりました。

 デッカは、水面をすべるようにして、畳石に上がりました。

 身をひるがえして、お父さんを待ちます。

 その体は、夕日を浴びて、茜色にピカピカと輝いていました。

 お父さんが畳石に手をつきました。

 ゴールです、たぶん。

 デッカは、前ひれで、拍手していました。

 健闘を称えているようです。

 お父さんは、デッカに向かって、顔を上げました。

 私とリクちゃんのいる所から、お父さんのその表情までは見えませんけど、たぶん笑顔のように思います。
 
 お父さんが、デッカに右手を伸ばしました。

 デッカも、右の前ひれを差し出します。

 タッチです!

 リクちゃんが拍手して、私も拍手しました。

 私たちの拍手は、お父さんとデッカには聞こえません。
 けっこうな距離がありましたから。
 それでも、リクちゃんと私は、しばらく拍手していました。
 そうしたくなるほど、お父さんとデッカの泳ぎは、とっても、すごくて、とっても、すてきだったんです。

「かっこいい……」
 リクちゃんが、呟くように言いました。

 私もそれにうなずきました。

「かっこいいね」

 おそらく、デッカは、私を助けてくれた後、一人で秘密の特訓をしていたのでしょう。
 そうして、ホテルの仕事を終え、川下から泳いでくる私のお父さんを見つけたのでしょう。
 並みの泳者ではないとデッカは思ったのではないでしょうか。
 実際、お父さんは速いですから。

 最初、デッカとお父さんは、ただ川上に向かって、一緒に泳いでいただけなのかもしれません。
 でも、二人の泳ぐスピードは、だんだん上がっていって、いつからか、競泳となったように思われます。
 なにしろ、二人とも、本当に、すげースピードでしたから。
 
 お父さんも、デッカも、楽しかったに違いありません。
 二人とも、泳ぐのが大好きですからね。

「リクちゃん。私も、がんばる。リクちゃんみたいに。デッカみたいに」

 リクちゃんは、ぱっと顔を輝かせました。

「アユちゃんは、チェリー川から広い海にでていく鮭だから!」

 ……。

 ちょっと表現に違和感がないでもありませんでしたが、リクちゃんが励ましてくれているのは、私にもわかりました。

「ありがとう! がんばる!」

 私は、右のこぶしを高く、つきあげました。