ちょっと天然の女子はきらきらでピカピカになる

「そうだ! デッカがチェリー川でがんばって、それでオリンピック代表のアシカ選手になるんだったら、アユちゃんもチェリー川でがんばって、アシカ選手になればいい」

「私がアシカ選手に?」

「なれるよ! アユちゃんは、アシカ選手になれる」

 リクちゃんは、にっこりと微笑みます。

 でも、私は、どうやったって、アシカ選手にはなれないように思います。
 だって、アシカ選手って、アシカのためのものでしょう。

「デッカは、小鮎なんて目じゃないって感じだったんだけどね」

「デッカは知らないんだ。小鮎が、若鮎になって、鮎になって、ブリになるってことを」

 もうっ……、リクちゃん、めちゃくちゃ……。

 私が呆気にとられていると、リクちゃんはすました顔で言います。
「出世魚ってやつだよ」

「リクちゃん。それ、違う。鮎とブリは別の魚よ」

「え! そうなの?」

「うん。確かに、ブリは出世魚だけどね。ハマチ、メジから、ブリになるの。そこに、鮎は入ってこないわ」

「そうなんだ。俺、デッカい、ブリ、好きなんだけどなぁ」

 私は、ドキリとしました。

 リクちゃん、ブリが好きなんだ……。
 
 私は、改名をちらと考えました。

 でも、アユからブリになるのは、さすがに、ちょっと……。
 たとえ、裁判所で、改名の許可がもらえたとしても、ちょっとぉ……。
 だって、病院や役所の待合室なんかで、「アユさーん。アユさーん」だったら、誰も振り向いたりしないでしょうけど、「ブリさーん。ブリさーん」だったら、みんな、一斉に、ブリの私を見るでしょう。
 それは、ちょっとぉ……。

「小鮎と稚鮎も別な魚なんだって。デッカに教えてもらった」

「へー! デッカ、いろいろ、知ってるんだね。やっぱり、かっこいいなぁ」

「そうね。実力者の自信のようなものを感じたわ。それで、私は小鮎なんだって。広い世界を知らないってことを、デッカは言ったんだと思う」

「小鮎の塩焼き、俺、好きだけどなぁ」

 リクちゃーん! 

 私の頭の中は、きらきらでピカピカになりました。
 全身に、塩を浴びたい気分です。

「なんか、私もアシカ選手になれるような気がしてきた」

「うん。なれる」
 リクちゃんはそう言うなり、走りだしました。

 どうしたの? 

 私は、きらきらでピカピカの頭のまま、リクちゃんを目で追いました。

 リクちゃんは、黒みをおびた茶色い木々の中に入っていきます。

 縦に深く樹皮が割れているそれらは、クヌギの木です。

 リクちゃんは、その中でも、ひと際、太い木の幹の枝に飛びつきました。
 
 きゃあー! 

 虫です! 

 虫! 

 リクちゃん、何か、虫を見つけて、つかまえたんです!

「アユちゃん、ほら!」

 リクちゃんは虫を掲げ、走って戻ってきました。

「ナナフシ! こんなに、デッカい!」

 頼みもしないのに、デッカいナナフシを、私の顔に近づけて、よく見せてくれます。

 超細いボディに、超細い脚! 

 ……。

 気づけば、私、駆けだしていました。
 体が、脳が、私のすべてが、反応したんでしょう。

 林の中を抜け、川沿いの道に飛びだしました。

 この道は、チェリー川を見下ろせる高い位置にあります。

 チェリー川は、夕日を浴びて、茜色に染まっていました。

 もう、泳いでいる人も、河原で遊んでいる人もいません。

 リクちゃんが、私に追いついてきました。

「アユちゃん、足も速い……」

 はあはあ、息を切らしています。

「ああっ! リクちゃん。走らせちゃって、ごめん」

 私は、リクちゃんが弱っていることを忘れていました。

 リクちゃんは、腕相撲もして、相撲もして、溺れもしたんでした。

「大丈夫? 苦しい?」

「平気。平気」
 リクちゃんは笑顔で言います。

 その手には、デッカいナナフシ。

 脚を、ピーンとさせています。
 
 ……。
 
 と、川をのぼってくる水しぶきがあります。