ちょっと天然の女子はきらきらでピカピカになる

 気づくと、私は、チッチャの前肢につかまって、水面に顔をだしていました。

 日の光。
 かすかな風。
 青く、丸い空。

 川の流れが、まったく違っていました。

 ここは、私の知っている、いつもの静かなチェリー川。

 大きな岩の所で、監視員さんが、ロープのついた浮き輪をリクちゃんに持たせているのが見えました。

 そこも、先ほどの流れがうそのように、静かになっていました。

 監視員さんは、私に気づくと、親指を立てた左手を高く掲げました。

 私も、親指を立てて、左手を掲げてみせました。

 すると、リクちゃんも、私に、左手をあげました。

「アユちゃーん! 大丈夫かー!」

「私は大丈夫! リクちゃんはー?」

「俺も、全然、大丈夫―!」
 
 陽気な声。

 全然、大丈夫じゃなかったくせに……。

 リクちゃんたら……。

 涙が頬を伝いました。

 と、チッチャが、私から、そっと離れていきます。

「アシカ選手になるチッチャ、ありがとう」

 チッチャは、何も言わず、すっと川の中に消えていきました。

 ありがと……。
 チッチャ……。
 
 私は、仰向けになって水に浮くと、青い空をながめました。

 白い雲がゆっくりと、西から東へと流れていきます。

 私もゆっくりと流れていました。

 ……。

「アユ! あなた、いつまで、何してるの! さっさと、あがりなさい!」

 河原からのお姉ちゃんの声に、私は、はっとしました。

 確かに、長い時間、浮いていたような気がします。

 私は、反転し、ゆっくり、ゆっくり、泳いで、岸にあがりました。

「誰かを助けに飛びこんだりしちゃいけないって、いつも、言われていたでしょ!」

 お姉ちゃんは、すごく怒っていました。

 そして、すごく泣いていました。
 顔が涙でぐしゃぐしゃです。

「どれだけ、心配したと思ってるの」

 お姉ちゃんに、私は、強く、強く、抱きしめられました。

 痛いくらいでした。

 そう、コブラなんとかをかけられたくらい。

 でも、うれしかった。

「ごめんなさい」

 私は、お姉ちゃんと監視員さんに、もう、誰が溺れていても、自分で助けにいくようなことはしないと、約束させられました。

 いえ、約束しました。

「猫が溺れている時も、監視員さんにお願いします」って言ったら、
「あなた、ふざけてるでしょ」とお姉ちゃんに、またすごく怒られました。

 私は、全然、ふざけてなんて、いなかったのに……。
 
 リクちゃんに、怪我はありませんでした。

 監視小屋のバスタオルを頭からかぶったリクちゃんは、笑顔でタオルを私にもくれました。

 私は、リクちゃんが川を嫌っていないようなのに、ほっとしました。

 リクちゃんは、河原の三本松の下で、ひとりで立っていたグリズさんにも、バスタオルを渡しにいきました。

 グリズさんは、タオルを受け取ると、せきを切ったように、泣きだしました。

「リク、ごめんな……」

 顔を真っ赤にして、大粒の涙をボロボロこぼします。

 すると、リクちゃんは、笑顔で、グリズさんに手を差し出しました。

 握手です! 

 二人は、互いの手をしっかりと、にぎりました。

 それを見て、私も、グリズさんに走り寄っていって、手をすっと差し出しました。

 握手です! 

 私は、この時、初めて、グリズさんと本当の握手ができたような気がしました。

 お姉ちゃんは、というと、松の木のそばで腕組みし、かっこつけて立っていました。

 お姉ちゃんも握手すればいいのに、と私は思いました。

 それから、お姉ちゃんとグリズさんは、駅前に向かいました。
 グリズさんは、タクシーで家に帰るそうです。
 私が折ってしまった一万円札をタクシー代に使うのかどうかはわかりません。

 リクちゃんは、Tシャツと短パンを監視小屋の洗濯機で脱水だけしてもらって、それを身に着けました。

 マントヒヒの顔は、さらに、しわしわです。
 
 私のTシャツと短パンは、お姉ちゃんに預ける時に、少し、濡れはしましたが、びしょびしょにはなっていませんでした。
 私は水着の上に、また、それらを身に着けました。

 お母さんにはちゃんと話して、謝ろうと思います。
 自分の体は、自分で大事にしなきゃです。