ちょっと天然の女子はきらきらでピカピカになる

 私は、溶けて水になってしまうんだと思いました。

 ……。

 と、何かが私の顎を起こしてきます。

 水? 

 と思ったら、違いました。

 魚? 

 いいえ、大きな黒っぽい生き物。

 ……アシカです! 

「デッカ?」

「……」

「チッチャ?」

「はい! いますよ!」

 その声を、私は、また、はっきりと聞きました。

「チッチャ! またチェリー川に来たのね! あのね、チッチャ、私とリクちゃんは、あなたを、チッチャじゃなくて、デッカって呼ぶことにしたの」

「なに、それ?」

「あ! ごめんなさい。勝手に名前を変えちゃって……」

「チッチャとか、デッカとか、うっとうしいのよ。私は、私。私は、チェリー川で泳いで、亜鹿(アシカ)選手になるの」

「なに、それ?」

「なに、それって、あなた、私の真似しないで。あなた、オウムじゃないでしょ」

「ああっ。ごめんなさい。アシカ選手って、なあに?」

「漢字で書けば、亜細亜(アジア)の亜(ア)に、鹿せんべいの鹿(シカ)。私のこれからの姿よ」

「アシカせんべいが?」

「違うー! 亜鹿(アシカ)選手よ、亜鹿(アシカ)! あなた、漢字ドリルやってないわね?」

 ううっ……。

 私は、うつむき、うなずきました。

 確かに、漢字ドリル、やっていません。
 嫌いなんです、あれ。
 面倒くさいし、つまらないし……。

「私は、オリンピック代表になるの。そのために、私はチェリー川に来たのよ」

「オリンピックのアシカ選手なんて、あるの?」

「もーっ! だから、バカとは話したくないのよ」

 なんか、ひどい言われようです。
 水の中でも、悪口を言う人は、いえ、アシカはいるようです。
 私は、ちょっとだけムッとしました。
 ちょっとだけ。

「いい? よく聞きなさい」
 チッチャは偉そうに言います。
「あなたの知っていることが、みんな、正しいこととは限らないの。この世界は、あなたが考えているより、ずっと広いのよ」

「それはそうね。私もそう思う」

「うん。素直でいい」

「それで、チェリー川で泳ぐと、オリンピックの代表になれるの?」

「また何言ってるの。ただ泳いでなれるわけないでしょう。この川で、私は血のにじむような努力をするのよ。今までだって、私は、拍手に、ポーズ、キャッチボール、バスケットボール、輪投げ、輪くぐり、書道、お絵かき、計算問題、漢字の読み書き、みんな、できるようになったの。がんばって、がんばって、がんばったからよ」

「すごーい! どうして、そんなに、がんばれるの?」

「夢があるから。私は夢をかなえるために生きているの」

「ホントに、すごい……」

「ふっ! あなたみたいな小鮎に言われたくないわ」

「え! 私、アユっていうの! チッチャ、私の名前、知ってたの?」

「知るわけないでしょ。あなたは稚鮎でも若鮎でもない小鮎だなと思ったから、そう言ったまでよ」

「子供のアユってこと?」

「それは稚鮎。小鮎はね、稚鮎、若鮎って呼ばれる鮎とは、また別の種類の鮎」

「そうなんだ……」

「あなた、何にも知らないのね」

「えへへ」

 私は、ちょっとだけ照れました。
 ちょっとだけ。

「小鮎は、生まれたところで一生を終える小さな鮎なのよ」

「それで、私は、小鮎?」

「そう。あなたは、チェリー川で、何にも考えないで、ただ、泳いだり、溺れたりしているだけでしょう。それだったら、オリンピックの亜鹿選手になんて、なれるわけない。ううん。代表の補欠の補欠の補欠にも、なれないわ」

「ううっ……、私の泳ぎは、だめなのね……」

「ああっ……、うーん……、あなたは、まあ、そこそこのセンスの持ち主ではあるから……。補欠の補欠の補欠くらいにはなれるかも」

「チッチャ。私の泳ぎ、見てくれたの?」

「見たわよ。お尻のフグも。……フグ。いいわね」

「わぁっ! ありがとう!」

「何よ! いいのは、お尻のフグ! あなたの泳ぎは、私の泳ぎに、徹底的に負けるわ」

「ううっ……、やっぱりアシカ選手には負けちゃうのね、徹底的に」

「あったりまえでしょう! あなたは、泳ぎの楽しさしか知らないもの」

「え? それじゃ、だめなの?」

「私は、その先にある、苦しみ、つらさも知ってるの。そうしてまたその先にある楽しさ、喜びも知ってる」

「苦しい先に、また楽しさとか喜びとかがあるの?」

「あるわ。それは、経験したものにしかわからない」

「ああ……、そうなのね……」

「いいのよ。あなたは、ここで、何にも考えないで生きていきなさい。私は、亜鹿選手になって、世界に羽ばたくから」

 ……。