ちょっと天然の女子はきらきらでピカピカになる

「くそっ……」
 グリズさんは怒りの持っていき場がないようでした。
 ブーッとまた鼻息を荒げます。
 右手でこぶしをつくり、それを左の手のひらに打ちこみます。
 パンと乾いた音がしました。
 そうして、「スジコ丼、スジコ丼」とぶつぶつ言いながら、その場を行ったり来たりします。

 ああ、グリズさんは、スジコ丼を、本当に、本当に、食べたかったんですね。
 スマホのスジコは、ルビーのようでしたものね。
 グリズさんは、その太い首を、長く、長く、ながーくして、待っていたんですね。

 俺の体は、スジコ丼を食う体になってんだよ!
 
 その気持ち、私もわからないではありません。
 私だって、朝、学校に行く時、お母さんに、「夕飯は、アユの大好きな野菜コロッケよ」と言われたら、そうなんだぁ、野菜コロッケなんだぁ、と学校で一日中、野菜コロッケ、野菜コロッケ、野菜コロッケ、とずーっと楽しみにしていて、夕飯までには、すっかり野菜コロッケを食べる体になっていますから。

「俺が悪かった。つい、かっとなっちまって」

 グリズさんは、ようやく落ち着きをとり戻した様子です。
 また、さわやかなイケメンになっていました。
 白い歯を見せ、笑います。

 でも、何か、そういう変わり身の早さって、ちょっと、こわいようにも、ずるいようにも、私には感じられました。

「リク。ごめんな」
 グリズさんは、軽く頭をさげました。

「はい」
 リクちゃんは、うなずき、にっこりとしました。
 
 胸のマントヒヒは、しわくちゃです。
 
 でも、リクちゃんは、いつも通りの澄んだ笑顔。

 と、そこで、私は、カッパーさんの言葉を思い出しました。

 ━━うっかりや失敗っていうのは、誰にでもあるから━━。
 ━━自分が失敗しちゃったら、反省すればいいし、誰かが失敗しちゃったら、許してあげればいいんだよ━━。

 私は、リクちゃんは偉いなぁと思いました。
 そうして、私も、グリズさんを、悪く思うのはよそうという気持ちになれました。
 グリズさん、謝ってもいるんだし。

 そこで、私は、スカートのポケットの中の一万円札を思い出しました。

「グリズさん、お金です」
 一万円札を、グリズさんにそっと差し出しました。

 と、グリズさんは、私の手にあるお札をただじっと見つめるだけで、なかなか受け取ろうとしません。

「おにぎり、いくらだったんだ?」

「ジョンソンさんが、お代はいらないって言ってくれたんです。そんな、悪いですって、私もリクちゃんも言ったんですけど、ジョンソンさん、受け取らなくて」

「そうか……」

 グリズさんは、ようやく、お札を手に取りました。

「これ、俺が渡した札か?」

「そうです」

「なんで、こんなに折れてんだ?」

「えっ……」

「俺は、自分の札を折らない主義なんだ」

「ああっ……、ごめんなさい……」

 これは、私が謝るべきなのでしょう。
 なにしろ、お札を折ったのは私です。

 それにしても、お札を折らない主義があるなんて……。

「仕方ねえな」
 
 グリズさんは、ひとつ、吐息をもらすと、たたまれていたお札を、大きな手でひろげ、黒革の長い財布の中に収めました。

 私は、それを見て、ああ、お札を折らないから、あんな長い財布なんだと気づきました。

 でも、あんな長くて重そうな財布、私はとても使えないとも思いました。

 スカートのポケットにいれたら、その重さでスカートがずり落ちてしまいそうです。
 デニムのポケットにいれたら、あっという間に、スリに盗られそうです。

 もっとも、いつも、千円札一枚くらいしか持たない私ですから、ああいう財布は、そもそも必要ありませんね。

「アユ。倒れたんだって? 大丈夫?」
 お姉ちゃんが、そっと私の肩を抱いて、言ってきました。

 いつの間にか、リクちゃんが、お姉ちゃんに話したようです。

「うん。緊張しすぎて、心臓がドカドカしただけ」

「『だけ』じゃないわよ。あなた、もう中学生なんだから、自分でちゃんと気をつけなさいよ」

「うん。気をつける。高校生になっても気をつける。大人の魅力的な女になっても気をつける」

「ふざけないで!」

 ふざけてないのに……。

 私がこくりとうなずくと、お姉ちゃんは自分の気持ちをしずめるかのように、ちょっと間をおきました。

「……。アユ、ごめんね。あなたたちふたりを買いに行かせて、私、責任、感じるわ」

「私はいいよ。謝るなら、リクちゃんに謝って。あと、お礼もね」

「そうね」

 お姉ちゃんは、リクちゃんに歩み寄ると、
「リク君。ごめんね。それと、ありがとうね。アユも、お世話してもらって」
 丁寧にお辞儀しました。

「そんな! 俺は、アユちゃんのお世話なんてしてません」
 リクちゃんは、大きく、頭を振りました。
 
 やさしいリクちゃん……。
 私が思っていると、
「リク! 食おうぜ!」
 グリズさんが声をだしました。
 紙袋の中の、ラップで包まれたおにぎりを、リクちゃんに手渡します。

「あっ! ありがとうございます」 

「コウちゃんも、アユちゃんも」
 
 グリズさんは、お姉ちゃんと私にも、おにぎりを一個ずつ、くれました。

 お姉ちゃんも食べるようです。
 ここは、お腹すいてないからなんて言わずに、食べるところですよね。
 私もいただきます。

 私たちは、川の水に、すぐ手がとどくほどの岸辺に四人、並んで座りました。
 自然の中での食事です。
 グリズさんの希望がかないました。
 よかったです。

「うめー!」 
 上半身、裸のグリズさんは立ち上がると、肘を曲げ、左右のモリモリの腕の筋肉をだしてみせました。
 手首も曲げ、ボディビルダーのポーズです。
 
 リクちゃんも慌ててマントヒヒTシャツを脱いで、グリズさんのようにボディビルダーの真似をして、
「うまーい!」と声をあげました。

 私は、もちろん、脱ぎませんでしたけど、やっぱりグリズさんのようにボディビルダーの真似をして、声をあげました。
「うめー!」

 お姉ちゃんも、もちろん、脱ぎませんでしたけど、かなり恥ずかしがりながら、グリズさんのようにボディビルダーの真似をして、半ば、やけくそ気味に声をあげました。
「おいしー!」

 私も、リクちゃんも、グリズさんも大笑いしました。
 お姉ちゃんのボディビルダーのポーズが一番うまかったんです。
 
 それはそうと、ジョンソンさんの、おにぎり、本当においしかったー! 
 ありがとう! ジョンソンさん!

 ドン・ジョンソンは、ずっと、大繁盛、間違いなしだわ、と私は思いました。