ちょっと天然の女子はきらきらでピカピカになる

 私は、脚が妙につっぱるような気がして、ポケットから一万円札を取り出すと、急いで、一回、二回と折りました。
 
 そうして、またポケットに戻しました。

 その場で足踏みしてみます。

 よし! 

 もうピンピンの脚ではありません。

 その場で、小さく一周もしてみました。

 よし! 

 すっかり歩きやすくなりました。

 と、いつの間にか、店の中は、前よりも、暗くなっているようです。

 店の奥のほうなんて、真っ暗で、何も見えません。

 もし、誘拐犯に「ちょっとこっちへ来い」なんて言われて、店の奥へと連れていかれたら、私はそのまま誘拐されてしまいそうです。
 こんなに暗かったら、誰も、私の誘拐に気づかないのではないでしょうか。

 スマホを持っていればよかったなぁ、と私は思いました。

 ━━誘拐されるなら、アユよ━━。

 お姉ちゃんの声が、ぼうっとした私の頭の中でします。

 やっぱり、お姉ちゃんは頭がいいなぁ、と私は思いました。

 帰ったら、お母さんに、スマホを買ってもらおうかしら、と思いました。

 ルビーのような、きらきらしたスジコも見ることができます。

 でも、私、やっぱり、それほど、スマホがほしいというわけでもないんです。

 一日中、スジコは見ないし、毎日、誘拐されるわけでもないし。

 だいたい、一日中、スジコを見たり、毎日、誘拐されたりしていたら、月々のスマホ代がすごいことになっちゃうんじゃないかしら。

 私、スマホの料金体系なんて、全然、知らないんですけど、そのへんのところ、どうなんでしょう。

 ……。

 ひょっとして、冷房の設定温度を、上げたんでしょうか。
 店に入ったばかりは涼しく感じたのに、今は少しも涼しくありません。
 喉もカラカラです。

 あ! そういえば、水分補給を忘れていました。

 ━━喉が渇いたと思う前に、飲みなさい━━。

 いつも、お母さんに言われて、気をつけているのに。

 水って、自分で意識して飲もうとしなければ、簡単に飲み忘れてしまうものなんですよね。
 失敗しました。

 あの男の人が戻ってきたら、お水をもらおうっと私は思いました。

 そうだ、リクちゃんもお店の中に呼んで、お水を飲ませてあげましょう。
 きっと、リクちゃんも、喉が渇いているはずです。

 うす暗い店の中、お客さんは、まばらでした。
 ウェイターやウェイトレスが店内を行き来する姿もありません。

 田舎の村で、おしゃれなお店の経営は難しいんでしょうか。

 観光客もチェリー川に一年を通して来るわけではありませんからね。

 ドン・ジョンソン、つぶれちゃうんじゃ……。

 私は心配になりました。

 それとも、代官や政治家や企業家がここで悪だくみをする時には、客が少ないほうがいいのでしょうか。
 
 いえ、悪だくみをするにも、客が大勢いたほうが目立たないでしょう。
 木を隠すなら森の中というくらいですから。

 やっぱり、悪だくみをするにも、普通に食事をするにも、たくさん客が入ったほうが良いんです。
 そうすれば、ドン・ジョンソンは儲かって、食材の質を落とすこともなく、おいしい料理を提供し続けることができるでしょう。

 私の心臓のドカドカは、落ち着いてきました。

 ━━脳が冴えている時は、体も冴えるのよ━━。
 お姉ちゃんが言っていました。

 私の脳、冴えているのかしら……。

 と、コブラなんとかを、かけられたのを思い出して、ちょっと、イラっとしました。

 それにしても、あの男の人は、なかなか戻ってきませんねぇ。

 ずいぶん、長い時間が経ったような気がします。

 もしかして、店の奥で、何か、揉めているのでしょうか。

「あなた。待ちくたびれたでしょう」

 女の人の声がしました。

 振り向くと、うす暗がりのテーブル席に、赤いワンピースを着た若い女性が、細く長い脚を組んで座っていました。

 おひとりさまです!

 肌は透き通るように白くて、口紅とマニキュアとハイヒールは赤。

 それらの赤が、ワンピースの赤とバッチリ合っていました。

 きれいなお姉さん……。

 やっぱり、こういうすてきなお姉さんが、ドン・ジョンソンには似合うんだわ、と私は思いました。

 私と同じ、おひとりさまだから、声をかけてくれたんでしょうか。

「スジコ丼を待っているのね?」

「そうなんです」

「スジコはおいしいわね」

「私、食べたことないんです」

「あそこのテーブルの二人が食べようとしているのが、スジコ丼よ」

 お姉さんが顔を向けた先のテーブルには、大学生らしきカップルが座っていました。

 二人の前には、大きな丼がありました。

 男性がすくった大きなスプーンには、ルビーのように輝くスジコが、こぼれんばかりに載っています。

 男性は、それを鼻先にゆっくりと持っていきました。

「うっわ! くっさっ! スジコって、なまぐっさっ!」

「もぉうっ! そういうこと言うの、やめてよ」
 女性が顔をしかめて言います。

 男性は、にやにやしてから、スジコを口に運びました。

 女性も口を大きく開けて、スジコを、頬張ります。

 大食いカップルなのかもしれません。

 と私が思う間もなく、
「くっさ!」
 女性が、大きな丼に、スジコを吐きだしてしまいました。

「なっ! 俺の言った通りだろ? 生臭えんだから」
 
 男性が、笑いだして、女性も、笑いだしました。
 
 仲は良さそうです。

 でも、私は、とても不安な気持ちになりました。
 ドン・ジョンソンって、新鮮さがウリのはずなのに、「くっさ」って……。