ちょっと天然の女子はきらきらでピカピカになる

「ちょっといい?」
 若いお母さんが、私に向かって言いました。
「そのかわいい水着、どこで売ってるのかと思って、聞きにきたの」

 え? 

 私は、一瞬、わけがわかりませんでした。

「とっても、かわいいフグちゃんだから、あたしも、この子も、ほしくなっちゃって。どこで売ってるの? その水着」

 私は、くるりとお尻を向けて、女の子とお母さんに、フグを見せました。

「わあっ! かわいい!」

 若いお母さんが言って、小さい女の子は、その愛らしい顔を、ぱっと輝かせました。

 天使のようです!

「これ、お母さんが、いえ、母が、南市の百貨店で買ってきて、つけてくれたんです」

「虎部具百貨店ね。すごくかわいいわ。あたしとこの子も、真似して、つけちゃってもいいかしら?」

「はい! つけちゃってください。あ! つけてもらえたら、いえ、つけていただけたら、私もすごくうれしいです」

「チリちゃん、よかったね」

 若いお母さんは、娘のチリちゃんの顔を覗きこむようにして言いました。

 チリちゃんは、きらきらした目で、私のお尻のフグを見ていましたが、私と目が合うと、少し、はにかんでから、また天使のように、にっこりと微笑みました。

「お姉ちゃん、ありがと」
 たどたどしく言います。

 何て、かわいいんでしょう! 

 私はチリちゃんの前で膝を折って、しゃがみました。

「こちらこそ、チリちゃん、ありがと」

「あたしの友だちにも、虎部具でフグちゃんを買ったこと、教えてあげてもいいかしら。やっぱり、フグちゃんの水着、ほしがってたから」
 若いお母さんが笑顔で言います。

「はい。おそろいで、私、うれしいです」

 私は、立ち上がると、若いお母さんにぺこりと頭を下げました。

 それから、若いお母さんとチリちゃんは、友だちらしい母子連れが集まっているほうへ、ゆっくりと歩いていきました。
 チリちゃんは、ときどき、後ろを振り向いては、私に、ひらひらと手を振ってくれました。

「やっぱり、かっこいいのかしら?」

 私は、お姉ちゃんを見て、それから、リクちゃんを見ました。

「うん。かっこいいって」

 リクちゃんは、当然だというように、うなずいてくれました。

「お姉ちゃん、かっこいいって」

「よかったじゃない」

 お姉ちゃんは、けろりとして言います。

 なによ……。
 かわいくて、かっこいいフグちゃんを、ずっと笑いものにしていたくせに! 

 都合のいい記憶喪失です! 

「アユ、気分もよくなったところで、スジコ丼、買ってきてよ」

 ……。

 やっぱり、都合のいい記憶喪失のようです。
 スジコ丼のことはちゃんと覚えています。

「いいですよ、俺一人で、ドン・ジョンソンに行ってきますから」

 リクちゃんは、一歩前に出て言いました。
 足元の石がごろりと音をたてました。

「リクちゃん。私も行く」

「アユちゃんは泳いでいていいよ」

「買って、戻ってきてから、まだまだ泳げるもん。大丈夫」

 リクちゃんを一人で行かせることなどできません。

 それに、私は、チリちゃんと彼女のお母さんから、すてきなエネルギーをもらっていました。

 グリズさんは、大人が持つような黒革の長い財布から、一万円札をだして、それをリクちゃんに手渡しました。

「おまえに、これを預ける。いいか、俺のスジコ丼を、おまえに託すからな」

 何やら、すごい言いまわしです。

 でも、リクちゃんは、グリズさんの言うことなんて、まったく聞いていなかったようです。
 
 リクちゃんの目は、手にしたお札にくぎ付けでした。

「すげえ! ピン札!」

 興奮して、両手でそれを掲げ、透かし見たりしています。

「かっこいい!」

 もうっ、リクちゃんたら……。
 お子ちゃまなんだから……。

 私は、おかしくなりました。

「アユちゃん、ほら、これ、ピン札だよ、ほら」

 リクちゃんは、私に、お札を持たせようとします。

 しょうがないわねぇ、無邪気なものだわ……。

 私は、苦笑しながら、それを手にしてあげました。

「すごーい! かたーい!」

 お、思わず、声が出てしまいました!

 だって、本当に、かたかったんですもの!
 
 私、こんなにかたいピンとしたお札、初めてです!

「本当に、ピンピン!」

「だろう?」

「ねえ、ねえ、リクちゃん! 新しいお札のにおいがするよ!」

 私は、お札を、リクちゃんの鼻先に持っていきました。

「うわっ! すっげぇ、するー!」

 リクちゃんは、空を仰ぎ、叫びました。

「ピン札、かっこいいー!」

 私が笑いだして、リクちゃんもげらげら笑いました。

「もうっ! あなたたち、早く、買いにいってよ」

 あきれたような声をだしたのは、お姉ちゃんでした。

「リク! 俺のスジコ丼、おまえに託したからな!」

 グリズさんは、少し低い声で、さっきと同じことを言いました。

 たぶん、リクちゃんがさっき聞いていなかったと気づいたんでしょう。
 グリズさん、ちょっと、目が怒っていました。