お姉ちゃんは、スマホをもう一度、私に見せます。
そこには「特別メニューの、丼(ドン)・ジョンソン!」という文字。
「グリズ君がね、チェリー川を見てたら、無性に、生きのいいサーモンを食べたくなっちゃったんだって」
なに、それ……。
グリズさんの思考回路が私には、いまいち、よくわかりませんでした。
きっと、食いしんぼうな、ちょっと変わったさわやかなイケメンなんでしょう。
大方のさわやかなイケメンは、きれいな川を見ていても、どうしようもなくサーモンが食べたくなるようなことは、そうそうないでしょうから。
「で、サーモンを味わうなら、新鮮さだっていうことで、それでまたスマホでいろいろ調べたら、ドン・ジョンソンのスジコ丼がいいってことになったのよ」
「ドン・ジョンソンは、新鮮さがウリだもんね」
私は、ここぞとばかりにチラシ情報を口にしました。
すると、お姉ちゃんとグリズさんは、二人、同時にうなずき、顔を見合わせ、笑います。
……。
なんか、私は、自分だけ、仲間外れのような気がして、寂しくなりました。
「だから、アユ、買ってきてよ」
「二人で、ドン・ジョンソンに行って、食べてくればいいじゃない」
「私は、お昼を食べたばかりで、お腹いっぱいで食べられないし、それに、グリズ君、サーモンは絶対に自然の中で食べたいんだって」
グリズさんは、しごく当然というように、大きくうなずきます。
どうやら、さわやかで、食いしん坊で、ワイルドなイケメンのようです。
「それで、どうして私に買いに行かせるの? 二人で行って、買ってくればいいじゃない」
「グリズ君、これから川に入るのよ。私は、それを写真に撮らないといけないの」
……。
二人にとって、私はまったく、かやの外、部外者、よそ者、おじゃま虫で、ただの使いっ走りのようです。
頭にきます!
「私も泳ぎたい」
「アユはいつでも泳げるでしょ。たっぷり時間あるじゃない」
「今って時間は、今しかない」
「へ理屈、言って」
「お姉ちゃんの真似した」
お姉ちゃんはよく言うんです。
私が宿題をやらずにテレビを見て大笑いしていると「アユ、今って時間は、今しかないのよ」って。
お姉ちゃんは、目を閉じて、軽く頭を振りました。
私に真似されて、言い返せず、まいったようです。
ひょっとしたら、今度から、宿題をやらずにテレビを見て大笑いしても、へ理屈とやらを言われずに済むかもしれません。
私は、目を開けるお姉ちゃんを、笑顔で待ちました。
「だいたい、アユは、みんなに笑われて、今、泳げないでしょう」
……。
私の笑顔は瞬時に崩壊してしまいました。
「泳げる。泳げるもん!」
「恥ずかしくて泳げないくせに」
「泳ぐ。全然、恥ずかしくない」
私は、意地を張っているのでも、やせ我慢をしているのでも、ありませんでした。
本当に、今、恥ずかしい気持ちなんて、ちっともなかったんです。
今度は、思いきり、スピードをあげて泳いでやろうと思います。
私、飛びこみも自信ありますけど、一番自信があるのは、速く泳ぐことなんです。
フグを笑ったみんなを黙らせるくらいのすごい泳ぎを見せてやります。
なにしろ、この水着はお母さんが直してくれた水着です。
このフグは、お母さんなんです!
恥ずかしくなんてありません!
「アユちゃんの分も、おごるから。好きなもの、買ってきていいよ。俺、じいちゃんに小遣い、たんまり、もらったばかりだから」
グリズさんが言葉をはさんできました。
「そんな、いいです」
私は、今まで、誰かに、何かをおごってもらうなんて経験したことありません。
それは、どこか、悪いことのような気もします。
「遠慮しなくていいよ」
「ホント、いいです。私も、お腹すいてないし」
「じゃあ、悪いけど、買ってきてくれないかな、スジコ丼」
悪いって思うなら、頼まないでください。
私は、言ってやろうかと思いました。
でも、それでグリズさんが怒って、「こんな奴の姉貴とはつきあえない」とか言いだして、お姉ちゃんが振られたら、きっとお姉ちゃんは毎日私にプロレス技をかけてくることでしょう。
私がギブアップしても、お姉ちゃんは知らんぷりで、技を解いてはくれないでしょう。
私は言うのをやめました。
「俺、食いたくてたまらないんだよ。アユちゃんが買ってきてくれるの、すげえ、楽しみに待ってるから」
「待つ楽しみっていいものよね」
お姉ちゃんがそう言うと、グリズさんは、よだれをふく真似をしながら、
「たまらねー!」とふざけた調子で言いました。
そうして、白すぎるくらい白い歯をむきだしにして、にぃと笑います。
たださわやかでワイルドなイケメンなのではなく、待つ楽しみも味わいたいイケメンのようです。
ていうか……。
なんか……、全然、さわやかじゃありません!
でも、やっぱり、お姉ちゃんは、グリズさんのこと、好きなんだろうなぁ……。
私は、ため息がでそうになって、すんでのところで、それを飲み込みこみました。
ため息をつくと幸せが逃げていくから、ついちゃいけないよ、とお父さんに言われているんです。
イメージでいうと、とーっても小さな天使たちがため息に乗って、「さようなら」「さようなら」「バイバーイ」って飛んでいってしまうような、そんなイメージ。
「アユちゃん、頼むよ」
グリズさんは、どうしても私に買いに行かせて、待つ楽しみと、スジコ丼を、味わいたいようです。
……ドン・ジョンソンには、大人の魅力的な女になったら行くつもりだったのになぁ。
高級ブランドのファンデーションを塗って、口紅も塗って、マニキュアも塗って、すてきなワンピースを着て、ヒールの高い靴を履いて……。
と、そこで、私は、ドン・ジョンソンがおしゃれなお店であることを思い出しました。
「ドン・ジョンソンに、水着で入れないよ」
そうです、ドン・ジョンソンは、海の家ではないんです。
お店の前で、スイカ割りをしたり、砂に埋まったりしている人なんていません。
「着替えて行けばいいわ」
お姉ちゃんが、あっさり言いました。
それで、私は、また、むっとしました。
「だ・か・ら、私は、まだ、泳ぎたいの!」
お姉ちゃんは、ちょっと困った顔をして、私の肩に手をまわしてきました。
そうして、私を抱き寄せます。
「お願いよ、アユ」
耳元でささやきます。
私は、首をすくめ、ぎゅっと目をつぶりました。
お母さん……。
こんなんじゃ、お姉ちゃんは、きっと、村長と議員にワイロを送って、高層タワーマンションを建てて、逮捕されちゃうよ。
私たち、裁判の傍聴したり、刑務所に面会に行ったりしなきゃいけないよ……。
そこには「特別メニューの、丼(ドン)・ジョンソン!」という文字。
「グリズ君がね、チェリー川を見てたら、無性に、生きのいいサーモンを食べたくなっちゃったんだって」
なに、それ……。
グリズさんの思考回路が私には、いまいち、よくわかりませんでした。
きっと、食いしんぼうな、ちょっと変わったさわやかなイケメンなんでしょう。
大方のさわやかなイケメンは、きれいな川を見ていても、どうしようもなくサーモンが食べたくなるようなことは、そうそうないでしょうから。
「で、サーモンを味わうなら、新鮮さだっていうことで、それでまたスマホでいろいろ調べたら、ドン・ジョンソンのスジコ丼がいいってことになったのよ」
「ドン・ジョンソンは、新鮮さがウリだもんね」
私は、ここぞとばかりにチラシ情報を口にしました。
すると、お姉ちゃんとグリズさんは、二人、同時にうなずき、顔を見合わせ、笑います。
……。
なんか、私は、自分だけ、仲間外れのような気がして、寂しくなりました。
「だから、アユ、買ってきてよ」
「二人で、ドン・ジョンソンに行って、食べてくればいいじゃない」
「私は、お昼を食べたばかりで、お腹いっぱいで食べられないし、それに、グリズ君、サーモンは絶対に自然の中で食べたいんだって」
グリズさんは、しごく当然というように、大きくうなずきます。
どうやら、さわやかで、食いしん坊で、ワイルドなイケメンのようです。
「それで、どうして私に買いに行かせるの? 二人で行って、買ってくればいいじゃない」
「グリズ君、これから川に入るのよ。私は、それを写真に撮らないといけないの」
……。
二人にとって、私はまったく、かやの外、部外者、よそ者、おじゃま虫で、ただの使いっ走りのようです。
頭にきます!
「私も泳ぎたい」
「アユはいつでも泳げるでしょ。たっぷり時間あるじゃない」
「今って時間は、今しかない」
「へ理屈、言って」
「お姉ちゃんの真似した」
お姉ちゃんはよく言うんです。
私が宿題をやらずにテレビを見て大笑いしていると「アユ、今って時間は、今しかないのよ」って。
お姉ちゃんは、目を閉じて、軽く頭を振りました。
私に真似されて、言い返せず、まいったようです。
ひょっとしたら、今度から、宿題をやらずにテレビを見て大笑いしても、へ理屈とやらを言われずに済むかもしれません。
私は、目を開けるお姉ちゃんを、笑顔で待ちました。
「だいたい、アユは、みんなに笑われて、今、泳げないでしょう」
……。
私の笑顔は瞬時に崩壊してしまいました。
「泳げる。泳げるもん!」
「恥ずかしくて泳げないくせに」
「泳ぐ。全然、恥ずかしくない」
私は、意地を張っているのでも、やせ我慢をしているのでも、ありませんでした。
本当に、今、恥ずかしい気持ちなんて、ちっともなかったんです。
今度は、思いきり、スピードをあげて泳いでやろうと思います。
私、飛びこみも自信ありますけど、一番自信があるのは、速く泳ぐことなんです。
フグを笑ったみんなを黙らせるくらいのすごい泳ぎを見せてやります。
なにしろ、この水着はお母さんが直してくれた水着です。
このフグは、お母さんなんです!
恥ずかしくなんてありません!
「アユちゃんの分も、おごるから。好きなもの、買ってきていいよ。俺、じいちゃんに小遣い、たんまり、もらったばかりだから」
グリズさんが言葉をはさんできました。
「そんな、いいです」
私は、今まで、誰かに、何かをおごってもらうなんて経験したことありません。
それは、どこか、悪いことのような気もします。
「遠慮しなくていいよ」
「ホント、いいです。私も、お腹すいてないし」
「じゃあ、悪いけど、買ってきてくれないかな、スジコ丼」
悪いって思うなら、頼まないでください。
私は、言ってやろうかと思いました。
でも、それでグリズさんが怒って、「こんな奴の姉貴とはつきあえない」とか言いだして、お姉ちゃんが振られたら、きっとお姉ちゃんは毎日私にプロレス技をかけてくることでしょう。
私がギブアップしても、お姉ちゃんは知らんぷりで、技を解いてはくれないでしょう。
私は言うのをやめました。
「俺、食いたくてたまらないんだよ。アユちゃんが買ってきてくれるの、すげえ、楽しみに待ってるから」
「待つ楽しみっていいものよね」
お姉ちゃんがそう言うと、グリズさんは、よだれをふく真似をしながら、
「たまらねー!」とふざけた調子で言いました。
そうして、白すぎるくらい白い歯をむきだしにして、にぃと笑います。
たださわやかでワイルドなイケメンなのではなく、待つ楽しみも味わいたいイケメンのようです。
ていうか……。
なんか……、全然、さわやかじゃありません!
でも、やっぱり、お姉ちゃんは、グリズさんのこと、好きなんだろうなぁ……。
私は、ため息がでそうになって、すんでのところで、それを飲み込みこみました。
ため息をつくと幸せが逃げていくから、ついちゃいけないよ、とお父さんに言われているんです。
イメージでいうと、とーっても小さな天使たちがため息に乗って、「さようなら」「さようなら」「バイバーイ」って飛んでいってしまうような、そんなイメージ。
「アユちゃん、頼むよ」
グリズさんは、どうしても私に買いに行かせて、待つ楽しみと、スジコ丼を、味わいたいようです。
……ドン・ジョンソンには、大人の魅力的な女になったら行くつもりだったのになぁ。
高級ブランドのファンデーションを塗って、口紅も塗って、マニキュアも塗って、すてきなワンピースを着て、ヒールの高い靴を履いて……。
と、そこで、私は、ドン・ジョンソンがおしゃれなお店であることを思い出しました。
「ドン・ジョンソンに、水着で入れないよ」
そうです、ドン・ジョンソンは、海の家ではないんです。
お店の前で、スイカ割りをしたり、砂に埋まったりしている人なんていません。
「着替えて行けばいいわ」
お姉ちゃんが、あっさり言いました。
それで、私は、また、むっとしました。
「だ・か・ら、私は、まだ、泳ぎたいの!」
お姉ちゃんは、ちょっと困った顔をして、私の肩に手をまわしてきました。
そうして、私を抱き寄せます。
「お願いよ、アユ」
耳元でささやきます。
私は、首をすくめ、ぎゅっと目をつぶりました。
お母さん……。
こんなんじゃ、お姉ちゃんは、きっと、村長と議員にワイロを送って、高層タワーマンションを建てて、逮捕されちゃうよ。
私たち、裁判の傍聴したり、刑務所に面会に行ったりしなきゃいけないよ……。
