愛を知らない私には

『杏、これは愛情なのよ。』

そう言ってこちらへ手を上げてくるお母さん。

『お母さんは優しいなあ。』

自分の娘を叩こうとする妻にそんなことを呑気に言っているお父さん。

『やめてっ!良い子にするから!叩かないで!お願い!やめてっ!』

ーはっと飛び起きる私。下着のシャツが汗でびっしょりと濡れている。

(もう、何度目だろう……)

私は虐待されていた過去があり、16歳になった今でも夢に出てくることがある。

目を開けるとそこは5歳の頃から私が暮らす施設『青空園』の一室で二段ベットが向かい合うように置かれた狭い部屋だった。

横に付けられた小さな窓から光が差し込んでいる。

(もう、起きよう。二度寝できる気がしないし。)

二段ベットから降りて洗面所へ向かう。

共用スペースにある時計をみると午前5時30分だった。

(まだみんな寝てる時間だな……)

私は朝早い方でいつもこれくらいの時間に起きている。

みんなが起きてくる前に昨日の洗濯物や洗い物、共用スペースの掃除、朝ごはんの準備などできることはたくさんある。

この施設には子供が10人いて、職員さんが三人、朝6:00~夜8:00までいてお世話をしてくれる。

私はこの施設のなかで最年長だから、少しでも役に立たないと施設を出されてしまう。

だから、毎朝5時代に起きて家事をしている。

施設の子供たちには「ありがとう」何て言われたことはないけど。

てきぱきと洗濯と皿洗いを済ませたとき、職員さんの一人、中塚さんがやって来た。

「あら、もう起きてたの?杏ちゃん。今日も家事やってくれて……ありがとう!」

「いえ、施設にいさせてもらっているのでこれくらいは……」

「もう、相変わらず謙虚ね。

……あ、そうだ!杏ちゃんこれ……」

一枚の資料のようなものを差し出した中塚さん。

これは……

「……養子縁組、ですか?」

半信半疑でそう聞く。

「そうなの。幸川家っていうお家で杏ちゃんのお父さんとお母さんの昔の友達だったみたい。この度、杏ちゃんを迎え入れたい。って青空園に連絡がきてたの。

……どうかな?行ってみない?」

心配そうな顔で聞いてくる中塚さん。

ここにいたってそこに行ったってやることは変わらないだろうし……ここにはいつまでいられるのかわからないし……よし!決めた!

「行きます!行きたいです!」

精一杯の作り笑いでそう答える。

すると中塚さんは安心した顔で、

「そう。じゃあすぐに準備をしましょう!今すぐにでも、なんて言ってくれてるのよ。」

「わかりました。準備してきます!」

ーーーこのときの私は、まだ自分を恋愛対象として見る人はいないとおもっていた。