「……あと、ほんの少しだけ。こうして、お前の体温を吸っていたい」
彼は私の耳元で、吐息を混ぜながら甘く囁く。
誰に聞かれることもない、この歪んだ檻の中での、二人だけの蜜月。
私たちは別れを惜しむように、まるでこれが最後の一秒だと言い聞かせるように、互いの存在を貪り合った。
歪みの音が遠のいていく。
彼は私の手を取り、自分の心臓の上に押し当てた。
「……これが、俺がお前にあげる、最後の鼓動だ」
「いや……そんな、の……」
歪みの街が轟音を立てて崩れ去る。
空がひび割れ、虚無がすべてを飲み込もうとする中、蒼が手をかざし、目の前に光のゲートのようなものが現れた。
「……紬。見ていろ」
蒼の声は、驚くほど静かだった。
彼は私の手を引き、光の渦の中へ踏み出す。
そこは時間も空間も存在しない、真っ白な場所。
「……ここでお前を解き放てば、お前は元の世界に戻れる。二度と、こんな残酷な場所には戻ってこられないように、俺の魂を捧げて全ての扉を閉ざす」
「……いやっ、私には無理!!!」
私は彼の胸にしがみついた。
彼の心臓の音を、一秒でも多く鼓膜に刻み込みたくて。
蒼は私の髪を優しく撫で、その瞳には、初めて見るほど深い慈愛が溢れていた。
「……紬。俺たちが過ごしたこの時間は、歪んでいた。俺は番人で、お前は異物で……。何もかもが、壊れていく運命だった。そんなの、出会った時から分かっていたのに、こんなにも惹かれてしまった」
彼は私の頬を包み込み、その切なげな瞳で私をじっと見つめた。
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