Incomplete -この世界にいない君に、恋をした-



次に目を開けたとき、そこは先ほどの険しい山の中ではなく、柔らかな光が差し込む静かな室内だった。


「……着いたぞ」


蒼の声に顔を上げると、そこは石造りの壁に囲まれた、少し古びた、けれど手入れの行き届いた部屋だった。窓の外には、遠くに先ほどのピンク色の空と、静かに波打つ海が見える。


「ここ、は……」


「俺の隠れ家だ。ここなら、歪みの追跡も少しは誤魔化せる」


蒼がそっと手を離す。
繋がっていた部分が急に冷たくなって、私は無意識に自分の手をさすった。

蒼はよろりと歩を進め、部屋の隅にある椅子に深く腰を下ろした。

心なしか、彼の顔はさっきよりもずっと青白い。


「蒼……やっぱり、顔色が……」


「……黙ってろ。少し休めば戻る」


彼は目を閉じ、苦しげに眉を寄せた。
助けてもらったのに、私は何もできない。

それどころか、お腹の虫はまた情けなく鳴り響く。


「……あそこに、保存食がある。勝手に食え。毒は入ってない」


彼が指さしたのは、小さな木の棚。

中を覗くと、見たこともない形の果実や、乾パンのようなものが入っていた。

私はそれを手に取り、彼の様子を伺いながら、おずおずと口にする。


……甘い。


花の蜜のような、懐かしくて優しい味が口いっぱいに広がった。


「美味しい……」


思わず零れた声に、蒼がうっすらと目を開ける。
その水色の瞳が、少しだけ和らいだ気がした。


「……変な奴。こんな状況で、よく味わえるな」


「だって、本当に美味しいんだもん。…蒼は、食べないの?」


「俺たちは、お前ら人間とは体の構造が違う。…そんなものを入れなくても、光があれば事足りるんだ」


そう言って彼は、窓から差し込む夕焼けのような光に手をかざした。


その指先が、光を吸い込んで淡く発光する。


やっぱり、この人は私とは違う生き物なんだ────




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