Incomplete -この世界にいない君に、恋をした-




「これ値札と値段が全然違うじゃないの?!どういうつもり?」


「大変申し訳ございません。すぐに差額を返金いたします」

目の前で怒り狂うお客様に、深く頭を下げる。


「早くしてちょうだい、こっちは時間がないの」


「はい、少々お待ちくださいませ」


笑顔を貼り付けて、また頭を下げる。
言葉はちゃんと出ているのに、心はどこにもない。

帰る頃には、もう何も考えたくなくなる。

今日は欠員が出て、開店から閉店までフルタイムで働いた。


朝比奈 紬(あさひな つむぎ)32歳。
ドラッグストアの正社員として早10年。
同期は結婚や出産で続々と退職していく中、
気付けば店舗の責任者になっていた。



────疲れた…


店の鍵を閉めて、静かな夜に出る。

3月に入っても、まだ風は冷たい。
手に息を吹きかけながら、空を見上げた。


都内の夜は明るすぎて、星も見えない。


一人暮らしの部屋までは、歩いて数分。
通勤は楽なはずなのに、足取りは重かった。



また明日も、同じ一日が始まる。


変わらない毎日。
終わりの見えない繰り返し。




───誰か、助けて




その願いが届くことなんて、ないはずだった。




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