在りし日の、きみの残像。



「じゃあね」

 神田さんに手を振られたけど、僕は反応しなかった。

 彼女のペースに乗せられているのがいやで、最後くらい抵抗してやろうと思ったのだ。

 神田さんは気に留めた様子もなく、僕の抵抗が無駄に終わったことを知る。


 自由人とはああいう人のことなのだろうか。

  僕は、なんとなくその言葉をものにした気がした。



「木野ー、どこ行ってたんだよー」

 クラスメイトが僕に駆け寄ってきた。

「この手紙さ、神田さんに会ったら渡しといてくれよ。ほら、他の奴の手紙も預かってただろ?」

「ああごめん、他の人の手紙は、さっき会ったときに渡してしまったんだ」


「……は?」

 特に他意はなく、そう告げる。すると彼は、目を大きく見開いた。


「おっ、おま……神田さんに会ったのか!?ずるい、なんで木野だけー!!」

 本気で羨ましがられ、僕は複雑な心情になる。


「夢を壊すようで悪いんだけどね、神田さんって、そんな凄い人には見えなかったよ」

「嘘言えー!自慢か、お前だけずるいぞ!!」

 会ったら渡せと言うくせに本当に会ったら怒るのだから、たまったものじゃない。


 僕が恨みがましい視線を送ると、彼は笑ってその場を離れた。

「まあまあ、てかこの手紙頼むな?」

 ……結局、文使いのままなのか。別にいいけど。




「ああ、木野くん。これ、図書室の沖野先生に届けといてくれる?」

 神田さんに会った翌日。担任の板橋(いたばし)先生から、書類らしきものが渡される。

 沖野先生は、司書だったかな。ぼんやりと顔が頭に浮かぶ。

「ごめんね、先生ちょっと忙しいから」


 逃げられた……そう思いつつ、また図書室かと肩を落とす。

 図書室が嫌いなわけじゃないけど、神田さんに会うかもしれないと思うと足が重い。


 渋々図書室へ向かうと、沖野先生がこちらに笑った。

「あっ、ありがとう。板橋先生からよね?助かったわ」

「いえ……」

 この人も、神田さんを彷彿とさせるマイペースぶりで、危うく乗せられそうになる。


「じゃあ僕はこれで、……」

「ああ、ちょっと待ってくれる?渡したいものがあるの」

 また届け物だろうか、僕は密かに溜息を吐いた。

「これ、お願いね」


 ……紙切れ、か?

 僕の掌に乗ったのは、ルーズリーフを切り取ったような白紙だった。


「これ、なんですか?」

 思わず問う。どう考えても、わざわざ届ける品物ではない。じゃあなんで僕に?


「貴方宛てに、秋奈さんからよ」

 僕へ?一体どういう……。

「ほら、私は仕事始めるからね。手伝いたくなかったら教室に戻りなさい」


「あ、はい……」

 追い返され、図書室を出て廊下の端で紙を開く。


【みずきくんへ】
【昨日は楽しかったよ、ありがとう】
【だから、明日の休み時間、絶対に図書室に来て下さい】
【また一緒に話をしたいです】
【来なかった許しません。 神田秋奈より】


 瑞希という漢字が分からなかったのか、宛名はひらがなだ。

 それにしても、これは呼び出しというより、脅迫かもしれない。行かないと駄目だろうか。


 だけど、これがクラスメイトにバレたら、きっとまたずるいと言われるだろう。

 ゴミ箱に捨てるわけにもいかないし、保管するのもいやだし、行って突き返すしかない。

 クリアファイルに紛れ込ませて、僕は何も見なかったことにした。